第2次日露協約 (だいにじにちろきょうやく)
【概説】
1910(明治43)年に日本とロシア帝国の間で締結された、満州における両国の利権擁護を目的とした協定。アメリカ合衆国による満州鉄道中立化提案(ノックス提案)に対抗し、日露両国が満州の現状維持とそれぞれの特殊権益を相互に確認・画定した。この協約によって日露の緊密な提携が成立し、同年の韓国併合への外交的道筋が付けられることとなった。
アメリカの満州進出と「ノックス提案」
日露戦争(1904〜05年)の終結後、日本はポーツマス条約によって長春以南の鉄道(のちの南満州鉄道)や関東州の租借権など、南満州における膨大な権益を獲得した。一方、北満州の権益は依然としてロシアの手中にあった。この状況に対し、東アジアへの進出と「門戸開放・機会均等」を唱えるアメリカ合衆国は、日露による満州の事実上の独占を強く警戒するようになった。
1909年末、アメリカのタフト政権で国務長官を務めていたノックスは、満州の全鉄道を清国に買い取らせ、それを国際的な共同管理下に置くという「満州鉄道中立化提案」を日本、ロシア、イギリス、フランスなどに提示した。これは、日露の満州支配を合法的に解体し、アメリカ資本を満州へ参入させるための外交攻勢であった。
協約の締結と「秘密条項」による権益防衛
アメリカの「ノックス提案」は、日露戦争で莫大な犠牲を払って権益を得た日本と、敗戦による帝国の威信低下をこれ以上の権益喪失で埋めたくないロシアの双方にとって、受け入れがたいものであった。共通の脅威に直面したかつての敵国同士は急速に接近し、1910年7月4日、第2次日露協約の調印に至った。
この協約は、公開された「公文」と、非公開の「秘密協定」から構成されていた。公定の条文では、満州における鉄道網の現状維持と、現状を脅かす事態が生じた場合の共同対処が謳われた。そして秘密条約においては、日本の南満州、ロシアの北満州における特殊権益を相互に確認・尊重し合い、第三国(主にアメリカ)がその権益を侵そうとした場合には、共同で防衛行動をとることが明確に合意された。これにより、ノックスの提案は完全に挫折することとなった。
東アジア情勢への影響と「韓国併合」への道
第2次日露協約の締結は、日本にとって北方の安全を確実にする極めて重要な外交的布石となった。背後の安全を確保した日本は、協約締結からわずか翌月の1910年8月、韓国併合を断行し、大韓帝国を完全に領有することに成功した。
しかし、この協約によって満州から締め出される形となったアメリカは、日本に対する不信感を急速に募らせていった。日露戦争直後から始まっていた日米対立(いわゆる日米移民問題や排日運動など)は、この満州権益をめぐる衝突によってさらに深刻化し、大正・昭和期における二国間関係の泥沼化へと繋がっていくこととなる。