神国思想
【概説】
日本は神々によって生み出され、常にその守護を受けている神聖な国であるとする独自の自国認識。古代の神話や信仰に起源を持ち、鎌倉時代の蒙古襲来(元寇)を契機として社会全体へ急速に普及した。この思想は、のちの日本のナショナリズムや対外観の形成に決定的な影響を与えた。
蒙古襲来と「神風」による思想の定着
神国思想の原型は古代の『日本書紀』などの神話や、仏教が日本に受容される過程で生まれた「日本は仏法が広まるのに適した国(仏法相応の地)である」という思想に見出すことができる。これが歴史上、一気に社会の共通認識として定着したのが、13世紀後半の蒙古襲来(元寇)であった。
1274年の文永の役、1281年の弘安の役において、圧倒的な軍事力を誇るモンゴル(元)軍に対し、日本側は暴風雨の到来もあって撃退に成功した。これを朝廷や幕府、そして社寺は、国家の危機に対して神々が起こした「神風(かみかぜ)」による救済であると解釈した。神々の加護によって外敵が退けられたという言説は広く信じられ、日本が神に守られた特別な国であるという「神国」の観念が、知識層から一般民衆に至るまで深く浸透することとなった。
政治思想への昇華と後世への影響
元寇を契機に定着した神国思想は、単なる素朴な信仰にとどまらず、政治的な統治や王権の正当性を基礎づける理論へと発展した。南北朝時代、南朝側の公卿であった北畠親房は、その著書『神皇正統記』の冒頭において「大日本は神国なり」と宣言し、神から始まる皇統の正当性を強く主張した。これにより、神国思想は天皇を中心とする国家秩序を肯定する政治思想としての性格を強めていく。
この思想はのちに、江戸時代の国学や水戸学へと引き継がれ、幕末の尊王攘夷運動を推進する原動力となった。さらに近代においては、昭和の戦時下における超国家主義や軍国主義の精神的支柱として利用され、悲劇的な戦争へと突き進む大義名分として機能することとなった。