石井四郎 (いしいしろう)
1892年 – 1959年
【概説】
日中戦争から太平洋戦争期にかけて活動した大日本帝国陸軍の軍医中将。満洲に設置された関東軍防疫給水部(通称・731部隊)の創設者であり、生物兵器・細菌兵器の開発および非人道的な人体実験を主導した人物。
細菌戦部隊の創設と秘密裏に行われた人体実験
石井四郎は京都帝国大学医学部を卒業後、陸軍軍医となり、早くから細菌戦の有効性に着目した。ヨーロッパ留学を経て細菌兵器の組織的な研究・開発を軍上層部に提言し、1936年に満洲のハルビン郊外に、表向きは流行病の予防を目的とする「関東軍防疫給水部」(のちの731部隊)を設立した。同部隊では、中国人、ロシア人、朝鮮人などの捕虜や思想犯を「マルタ」と呼んで監禁し、腺ペスト、コレラ、炭疽などの病原体を感染させる凄惨な人体実験や、野外での生物兵器投下実験を極秘裏に繰り返した。
日米の思惑と戦後の「戦犯免責」
1945年8月の敗戦に際し、石井らは研究資料や証拠を徹底的に破壊・隠滅して日本本土へ逃亡した。戦後、連合国軍最高司令官総司令部(GHQ)の占領下において、アメリカは石井らが保有する細菌戦や人体実験のデータを独占することを望んだ。その結果、石井をはじめとする731部隊の幹部らは、軍事研究データをアメリカ側に提供することと引き換えに、極東国際軍事裁判(東京裁判)において訴追を免れるという戦犯免責の取引を行った。この歴史的経緯は、戦争犯罪の隠蔽と、科学技術の非人道的悪用という現代にも通じる倫理的課題を残している。