生活の探求
【概説】
1937(昭和12)年に発表された、作家・島木健作の長編小説。マルキズム(左翼運動)の挫折と「転向」を経験した青年が、地方の農村における地道な土着の労働を通じ、地に足の着いた誠実な自己の生き道を見出していく過程を描いた、昭和戦前期における「転向文学」の代表作。
「転向文学」としての登場と時代背景
1930年代の日本は、1928年の三・一五事件や翌年の四・一六事件などを契機に、国家権力による共産主義・社会主義運動への弾圧が極限まで強まった時期であった。この思想弾圧の中で、多くの活動家や知識人が自らの思想を放棄する「転向」を余儀なくされた。自身も治安維持法違反で逮捕され転向を経験した作家・島木健作は、こうした時代閉塞と知識人の懊悩(おうのう)を文学のテーマとして深く追求した。
『生活の探求』は、そのような思想的破綻を迎えた知識人青年・杉本駿介が主人公である。かつての観念的・理論的な社会変革運動から切り離された駿介が、いかにして精神的空白を埋め、生きていくのかという、当時の多くの知識人が直面していた切実な課題が本作の核心に据えられている。
農村への回帰と「生活」の思想的意義
本作において、主人公が救いを見出す場として描かれたのが「農村」と「肉体労働」であった。駿介は、神奈川県の農場で実際に鍬を握り土にまみれることで、頭の中で弄んでいた抽象的な思想ではなく、日々の生産に根ざした「生活」こそが人間の確かな基盤であると確信するにいたる。この「観念から実生活への移行」という構図は、同時代の転向者たちに深い共感と救済の道筋を提示するものとして広く受け入れられた。
一方で、この「生活の探求」が描かれた1937年は、日中戦争が勃発し、国家が戦時体制(総動員体制)へと急速に傾斜していく転換期でもあった。農村での労働を神聖視し、共同体の中に自己を埋没させていく思想は、当時のファシズムや「農本主義」的な国策スローガンとも親和性を持ちうる危うさを孕んでいた。しかし、島木が本作で描こうとしたのは安易な国家への迎合ではなく、あくまで個人の内面における誠実な再生への希求であり、戦時下の抑圧された社会において、人間としての主主体性をいかに維持するかという苦闘の記録として、日本近代文学史上において独自の光彩を放っている。