栄花物語 (えいがものがたり)
【概説】
平安時代中期に成立した、日本初の歴史物語。藤原道長の栄華を中心に、宇多天皇から堀河天皇にいたる約200年間の宮廷の歴史を、仮名交じり文で肯定的に描いた作品である。
仮名で綴られた初の歴史叙述と編著者
『栄花物語』は、それまでの『竹取物語』や『源氏物語』といった虚構の「作り物語」の流れを汲みつつも、歴史的事実を題材とした日本で最初の歴史物語である。全40巻からなり、寛仁2年(1018年)に藤原道長が詠んだ「この世をば」の望月の歌の場面など、道長一門の全盛期を叙事詩的に描き出している。構成は、宇多天皇から藤原頼通の時代までを記述した正編30巻と、その後の堀河天皇の時代までを補遺した続編10巻に分かれている。
編著者については諸説あるが、正編の作者は藤原道長の妻である源倫子や、その娘の上東門院(彰子)に仕えた女房であり、すぐれた歌人としても知られる赤染衛門(あかぞめえもん)が最有力視されている。続編については、出羽弁(でわのべん)や周防内侍(すおうのないし)など複数の女性の関与が指摘されている。いずれにせよ、宮廷の内情や儀礼に精通した女性の視点から執筆されたことが、本作の叙情豊かな表現につながっている。
道長賛美の姿勢と「四鏡」への系譜
本書の最大の特徴は、藤原道長およびその一族の繁栄を終始一貫して肯定的・美化して描いている点にある。男性貴族が公的に記す漢文の日記や正史とは異なり、仮名文字を用いて宮廷の華やかな年中行事や儀式、人々の感情を視覚的に描写した。その一方で、道長が権力を握る過程で行われた他氏排斥や、一族内の激しい権力闘争(例えば中関白家との政争など)といった政治の陰湿な側面は意図的に隠蔽、あるいは都合よく改変される傾向が強い。
このような徹底した「道長賛美」の歴史観は、後世に強い反発と批判的視点を生み出す契機となった。院政期に入ると、本書の甘い歴史認識に対抗し、批判的かつ客観的な対話体形式で藤原氏の栄枯盛衰を描いた『大鏡』が成立する。この批判的な歴史物語の系統は、のちに『今鏡』『水鏡』『増鏡』へと引き継がれ、いわゆる「四鏡(しきょう)」の成立へとつながる。その意味で『栄花物語』は、日本文学史および歴史叙述の展開において極めて重要な出発点となった史料である。