易行
【概説】
鎌倉新仏教において提唱された、厳しい修行や学問を必要とせず、誰でも容易に実践できる方法によって救済を目指すという教え。平安時代までの貴族仏教が重んじた、莫大な費用や過酷な修行を伴う「難行(なんぎょう)」に対する概念である。
難行から易行へ:鎌倉新仏教におけるパラダイムシフト
奈良仏教(南都六宗)や平安仏教(天台宗・真言宗)といった伝統的な仏教において、仏の悟りを得る、あるいは救済されるためには、出家して厳しい戒律を守り、深遠な教理を学び、あるいは巨額の財力を投じて寺院や仏像を造営する(作善)ことが必要とされた。こうした自力による極めて困難な道は「難行」あるいは「聖道門(しょうどうもん)」と呼ばれる。
しかし、平安末期から鎌倉初期にかけて、社会の動乱や災害、疫病の流行を背景に「末法思想」が現実味をもって受け入れられるようになると、これまでの難行では誰も救われないのではないかという危機感が生まれた。こうした時代閉塞の中で登場した鎌倉新仏教の開祖たちは、文字の読めない庶民や、日々の生活・生業(殺生や武芸)に追われる武士たちをも救済の対象とするため、簡単かつ平易な実践方法である「易行」を提示した。
専修念仏と唱題:多様な「易行」の具体化
易行の最も代表的な形態が、法然(浄土宗)や親鸞(浄土真宗)、一遍(時宗)らが説いた「専修念仏(せんじゅねんぶつ)」である。これは、阿弥陀仏の救いを信じて「南無阿弥陀仏」の念仏をひたすら唱えるだけで極楽浄土へ往生できるというものであった。本来、念仏は数ある修行の一つに過ぎなかったが、法然らはこれを唯一かつ最高の行(選択本願念仏)と位置づけた。
また、日蓮(日蓮宗)が提唱した「唱題(しょうだい)」も易行の一種である。日蓮は、法華経の功徳のすべてがそのタイトルである「妙法蓮華経」の5文字に収まっているとし、「南無妙法蓮華経」の題目を唱える(お題目)ことで誰もが成仏できると説いた。
このように、従来の複雑な仏教実践をひとつの行(一行)に絞り込んで単純化する「選択(せんちゃく)」と「専修」の論理は、仏教を一部の特権階級のものから広く民衆(大衆)のものへと開放し、日本独自の豊かな仏教文化を形成する直接の契機となった。