日輪 (にちりん)
1923年
【概説】
大正中期の1923(大正12)年に発表された、小説家・横光利一の出世作。邪馬台国の卑弥呼をモデルとした美少女をめぐり、原始的な生命力に満ちた男たちが権力闘争と愛憎劇を繰り広げる歴史小説である。それまでの自然主義文学の枠組みを打ち破る、色彩豊かでダイナミックな「新感覚」の文体が大きな反響を呼んだ。
大正文壇における「新感覚派」の先駆
大正期の日本文壇は、私小説に代表される写実的な自然主義文学が主流を占める一方、階級闘争を重視するプロレタリア文学が台頭しつつある転換期にあった。こうした状況下において、作家・横光利一は従来のリアリズム表現に飽き足らず、主観的かつ感覚的な表現によって事物の本質を描き出そうとする芸術運動を志向した。本作『日輪』は、のちに横光が川端康成らと結成することになる新感覚派の文学運動に先鞭をつけた記念碑的作品であり、その擬古的かつスピード感あふれる文体は当時の知識人や若者たちに強い衝撃を与えた。
古代史ブームと近代文学の融合
大正期は、実証主義に基づく歴史学の発展に伴い、邪馬台国をめぐる「畿内説(内藤湖南ら)」と「九州説(白鳥庫吉ら)」の論争がジャーナリズムを巻き込んで過熱するなど、広く古代史への関心が高まった時代でもあった。『日輪』はこうした時代思潮を敏感に反映しながらも、単なる歴史の忠実な再現にとどまらず、神話的かつ象徴的な世界観を構築した。横光が描いた生命力に満ちた「卑弥呼」の物語は、国家の起源や日本人の原初的な精神性を文学的に再解釈しようとする、大正・昭和初期の知識人たちの模索を象徴している。