惟宗直本 (これむねのなおもと)
【概説】
平安時代前期(9世紀後半)に活躍した明法(みょうほう)家(法学者)。日本最古の系統的かつ網羅的な私撰律令注釈書である『令集解(りょうのしゅうげ)』を編纂した人物。律令の条文解釈をめぐる多様な学説を網羅して後世に伝え、日本古代法制史研究における極めて重要な学術的基盤を築いた。
明法道の台頭と惟宗氏の出自
惟宗直本(これむねのなおもと)が活躍した9世紀後半の平安時代前期は、律令制が弛緩し始め、社会の実態に合わせて法規を解釈・運用する技術(式・格の編纂や、法令解釈)が重視された時代であった。このような状況下で、大学寮で法律を教える「明法道」の地位が向上し、専門的な知識を持つ官僚としての「明法家」が必要とされた。
惟宗氏は、渡来系氏族である秦(はた)氏の系統を引く氏族であり、代々明法道を家学とする学者家系として知られた。直本自身も、明法博士や明法判事、讃岐権介などを歴任し、当時の法曹界・法学界の第一人者として朝廷の法実務や後進の育成に深く携わった。
『令集解』の編纂とその歴史的価値
惟宗直本の最大の業績は、養老令の注釈書である『令集解』(全50巻、現存35巻)を私的に編纂したことである。833年に完成した『令義解(りょうのぎげ)』が政府による公式な統一解釈を示した「官撰」の書であるのに対し、『令集解』は直本が諸家の異なる学説を対比させながら集大成した「私撰」の書である。
『令集解』には、奈良時代から平安初期にかけての明法家たちが残した「古記」「穴記」「讃記」「額記」といった、今日では原本が散逸してしまった貴重な私撰注釈書(諸記)の記述が豊富に引用されている。そのため、当時の人々が律令の条文をどのように理解し、現実の社会へ適用しようとしたのかという、生きた法解釈の変遷を知るための第一級の史料となっている。また、原文が散逸した「養老令」の復元においても、本書の引用部分が決定的な役割を果たしており、日本古代史研究における価値は計り知れない。