令義解 (りょうのぎげ)
833年
【概説】
清原夏野らが編纂し、天長10年(833年)に施行された養老令の官撰注釈書。律令条文の公的な解釈を統一することで、行政実務の円滑化と律令制の維持を図った政府公式の法解釈基準。
編纂の背景と養老令の施行
大宝律令(701年)に続き、養老2年(718年)に藤原不比等らによって養老律令が編纂されたが、その実際の施行は天平宝字元年(757年)の藤原仲麻呂政権下まで遅れることとなった。施行後、時を経るにつれて社会の実態と条文との乖離が進み、さらに官人や学者(明法家)の間で法解釈の不一致や混乱が生じるようになった。こうした状況を是正し、律令支配を再構築するため、平安初期の嵯峨・淳和朝において「格式(きゃくしき)」の編纂が進められるとともに、令の公式な解釈を一元化する作業が不可欠となった。
公的注釈としての意義と「明法道」への影響
天長10年(833年)、右大臣・清原夏野(きよはらのなつの)や菅原清公らによって完成・施行された『令義解』は、養老令の各条文に対する政府の「公式」な注釈(義)である。これにより、従来の多様な私的解釈(私記)は否定され、本書に示された解釈のみが法的な絶対的権威を持つ実務基準とされた。この編纂は、大学寮における明法道(法律学)の学問的発展を刺激し、のちに惟宗直本が諸説を網羅して編纂した私的注釈書『令集解(りょうのしゅうげ)』へと繋がっていく。日本の古代法制および当時の社会規範を知る上で、きわめて重要な史料である。