如意輪観音像(観心寺) (にょいりんかんのんぞう)
【概説】
大阪府河内長野市の観心寺に伝わる、平安時代初期(弘仁・貞観文化)を代表する密教彫刻の傑作。六臂(6本の腕)の特異な姿を持ち、ふくよかな肉体美と神秘的な表情で知られる国宝の木造彫刻である。
密教の受容と「弘仁・貞観文化」の彫刻特色
平安時代初期、最澄や空海によってもたらされた天台宗・真言宗の密教は、従来の鎮護国家を掲げる奈良仏教とは異なる、独自の宇宙観や現世利益の思想を展開した。この新思潮を背景に興った弘仁・貞観文化において、美術分野、特に仏像彫刻は大きな変貌を遂げることとなる。
奈良時代の端正で写実的な仏像に対し、平安初期の密教彫刻は、神秘性や精神的な力強さを強調する傾向を強めた。その多くは檜(ひのき)の一木造を基本とし、力強い翻波式(ほんぱしき)の衣文表現や、堂々とした量感(ボリューム感)を備えている。観心寺の如意輪観音像は、こうした密教美術の潮流の中で、唐の最新の様式を取り入れつつ生み出された至高の逸品である。本像が安置される観心寺は、空海の弟子である実恵(じちえ)らによって整備され、本像も承和年間(834〜848年)頃に造立されたと考えられている。
神秘的な官能美と「六臂」の造形表現
観心寺の如意輪観音像の最大の特徴は、その卓越した肉体表現と、密教特有の「多臂(たひ)」の構成美にある。本像は六臂(6本の腕)を有しており、それぞれの腕が如意宝珠や法輪を持つなど、衆生救済の様々な役割を象徴している。複雑になりがちな多臂の構図を、破綻させることなく極めて自然で優美な調和の中に収めている点は、当時の高い技術力を示している。
さらに、本像は「官能的」とも評される、肉感に満ちた豊満な造形美を誇る。ふっくらとした頬、柔らかな曲線を描く腰回り、そして朱色(肉色)を帯びた極彩色の肌は、生身の人間のような生々しさと、近寄りがたい神聖さを同居させている。これは、密教が肯定する「人間の欲望を昇華した悟りの境地(大楽)」を視覚的に表現したものである。また、長年にわたり秘仏として厳重に守られてきたため、当初の彩色や截金(きりかね)の文様が奇跡的に良好な状態で残されており、平安初期の色彩感覚を現代に伝える極めて貴重な史料となっている。