国会開設の勅諭

明治14年の政変の直後、世論の怒りを鎮めるために政府が天皇の名で発表した、「1890年に国会を開設する」という宣言は何か?
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国会開設の勅諭 (こっかいかいせつのちょくゆ)

1881年

【概説】
明治十四年の政変の直後である1881年(明治14年)10月、世論の激しい怒りを鎮めるために明治天皇から出された、10年後の1890年(明治23年)に国会を開設するという公約。これにより自由民権運動は政党結成へと舵を切り、政府も立憲国家体制の構築に向けて本格的な準備を開始することとなった。

発布の背景と「明治十四年の政変」

1870年代後半から全国的な高まりを見せた自由民権運動は、1880年(明治13年)の国会期成同盟結成などを通じて、早期の国会開設を求める強力な国民運動へと発展していた。こうした状況下において、1881年(明治14年)に開拓使官有物払下げ事件が発覚すると、政府が不当に安い価格で官有物を政商に払い下げようとしたとして、世論の政府批判は頂点に達した。

これと並行して、政府内でも国家体制のあり方をめぐる深刻な対立が生じていた。早期の国会開設とイギリス流の議院内閣制の導入を主張する大隈重信に対し、漸進的な国会開設とプロイセン流の強い君主大権を残す憲法制定を主張する伊藤博文ら薩長藩閥が激しく対立したのである。民権派と結びつくことを警戒した伊藤らは、大隈とその一派を政府から追放する明治十四年の政変を断行した。そして、大隈追放と同時に、極限まで高まった世論の怒りを鎮める「切り札」として出されたのが、この「国会開設の勅諭」であった。

勅諭の内容と政府の意図

勅諭の最も重要な点は、明治23年(1890年)に国会(議院)を開設することを、国民に対して明確に約束したことである。しかし、これは単なる妥協の産物ではなかった。同時に、国会の基礎となる憲法は天皇の権限において定める(欽定憲法)ことを宣言しており、政府主導による漸進的な立憲体制の構築という基本方針が示されていた。

さらに勅諭の中では、「妄りに躁進を争い」国政を妨げる者には処罰をもって臨むと明記され、急進的な民権派の動きを強く牽制する狙いも込められていた。政府にとって「10年後」という期限は、急進派をなだめつつ、自らに有利な憲法草案や諸制度をじっくりと準備し、反政府勢力に対抗するための時間を確保するという戦略的な意味を持っていたのである。

政党の結成と民権運動の変容

国会開設の勅諭は、自由民権運動の性格に劇的な変化をもたらした。国会が開かれる時期が確定したことで、運動の目標は「国会を開設させろ」という抗議活動から、「国会開設に備えて議席を獲得するための政党を準備する」という実践的な段階へと移行した。

勅諭発布直後の1881年(明治14年)10月には、板垣退助を党首としてフランス流の急進的な急進主義を掲げる自由党が結成された。さらに翌1882年(明治15年)春には、政府を追われた大隈重信を党首とし、イギリス流の漸進主義を掲げる立憲改進党が結成された。こうして日本初の本格的な政党政治の準備が始まったが、その一方で、運動の急進化を警戒する政府による厳しい弾圧や、松方デフレによる農村の疲弊が重なり、のちに民権派の一部は過激な暴動(激化事件)を起こして衰退への道を歩むこととなる。

立憲国家体制の確立へ

公約を掲げた政府側も、約束の1890年に向けてただちに動き出した。1882年(明治15年)、伊藤博文は憲法調査のためにヨーロッパへ派遣され、日本の国情に合うとされた君主権の強いプロイセン(ドイツ)憲法を中心に学んだ。帰国後、伊藤らは将来の貴族院の基礎となる華族令の制定(1884年)や、内閣制度の創設(1885年)など、国会開設を見据えた統治機構の近代化を次々と推し進めた。

こうした入念な準備の末、1889年(明治22年)に大日本帝国憲法が発布され、約束通り翌1890年(明治23年)に第1回帝国議会が召集された。「国会開設の勅諭」は、明治国家が政争による混乱を乗り越え、アジア初の本格的な立憲国家へと歩みを進める決定的な転換点となった歴史的宣言であった。

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最終更新:2026年6月17日 @ 23:49

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