和事

上方で坂田藤十郎(初代)が完成させた、柔弱で優美な色男の恋愛模様などを柔らかい演技で表現する歌舞伎の演出手法は何か。
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重要度
★★★

和事 (わごと)

17世紀後半〜18世紀初頭

【概説】
上方歌舞伎を代表する演技の型。優男(色男)の柔弱で色気のある恋愛模様を描くものであり、元禄期に初代坂田藤十郎が完成させた。同時代の江戸で流行した「荒事」と対比され、上方における町人文化の成熟を象徴する演劇様式として重要視されている。

柔弱な優男の美学と「和事」の特徴

和事(わごと)は、江戸時代に発展した歌舞伎の演技手法の一つであり、主に京や大坂を中心とする上方歌舞伎で好まれたスタイルである。その最大の特徴は、色白で優美な「優男(色男)」が遊里などを舞台に見せる、柔らかく情愛に満ちた身のこなしや台詞回しにある。

力強さや武勇を強調するのではなく、恋愛模様や男女の機微、時には情けなくも愛嬌のある姿を繊細に描き出すことに重点が置かれた。こうした表現は、上方の富裕な町人たちの洗練された美意識や、遊里における「粋」や色恋を重んじる文化と深く結びついて形成されたものである。

初代坂田藤十郎による大成

この和事の型を確立し、芸術的な高みへと引き上げたのが、元禄期(17世紀末〜18世紀初頭)に京で活躍した初代坂田藤十郎である。彼は、同時代の上方を代表する劇作家である近松門左衛門が書き下ろした『夕霧名残の正月』などの狂言において、藤屋伊左衛門に代表される「やつし」の役柄を見事に演じ切った。

「やつし」とは、本来は高貴な身分や富裕な家の出である若者が、恋のゆえに勘当されるなどして落ちぶれた姿を指す。藤十郎の写実的で情趣に富んだ演技は上方の人々を熱狂させ、和事は上方歌舞伎の代名詞として不動の地位を築くこととなった。

元禄文化における上方と江戸の対比

和事の歴史的意義を理解するうえで不可欠なのが、同時代の江戸において初代市川團十郎が創始した「荒事(あらごと)」との対比である。新興都市であり武士階級が多く、荒々しく活気にあふれていた江戸では、隈取(くまどり)を施した超人的な力を持つ英雄が悪を討つ、豪快な荒事が大流行した。

一方、古くからの伝統を持ち、商業資本が蓄積され町人文化が成熟していた上方では、人間の細やかな感情や恋愛の葛藤を描く和事が圧倒的に支持されたのである。この「上方の和事、江戸の荒事」という構図は、元禄文化における東西の地域性や社会階層の気風の違いを如実に表す文化史的指標として極めて重要である。

後世の歌舞伎への影響と継承

初代坂田藤十郎が没した後も、和事の精神と技法は上方歌舞伎の重要な柱として受け継がれた。時代が下るにつれて、和事の演技要素は他の演目や役柄とも融合し、女形(おやま)の演技様式の洗練や、後の世話物(庶民の日常を描いた演目)の発展にも多大な影響を与えた。

現代の歌舞伎においても、片岡仁左衛門家をはじめとする上方ゆかりの役者たちによって和事の伝統は大切に守られている。その優雅で色気のある写実的な表現は、日本演劇史において独自の光を放ち続けている。

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最終更新:2026年6月17日 @ 23:49

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