同和対策事業特別措置法 (どうわたいさくじぎょうとくべつそちほう)
【概説】
被差別部落の劣悪な生活環境の改善や差別解消を目的として、1969年に制定された国の時限立法。1965年の「同和対策審議会答申」に基づき、国および地方公共団体に対して特別の財政措置を伴う同和対策事業の実施を義務付けた法律である。
同対審答申と法制定への背景
第二次世界大戦後の日本において、日本国憲法の下で「法の下の平等」が保障されたものの、被差別部落における劣悪な生活環境や、就職・結婚などにおける差別は深刻な社会問題として残り続けていた。これに対し、1946年に結成された部落解放全国委員会(後の部落解放同盟)などの大衆的な運動が活発化し、国に対して根本的な解決を求める声が高まった。
こうした運動の進展を背景に、政府は1961年に内閣の諮問機関として「同和対策審議会」を設置した。同審議会は1965年に「同和対策審議会答申(同対審答申)」を提出した。この答申の中で、同和問題は「人類普遍の原理である人間の自由と平等に関する問題」であり、その解決は「国家の責務であり、同時に国民の義務である」と明記された。これを受けて、具体的な事業を推進するための法的根拠として、1969年に10年間の時限立法である「同和対策事業特別措置法(同対法)」が制定された。
特別措置法による具体的な事業内容とその成果
同法に基づき、国および地方公共団体は強力な同和対策事業を推進した。具体的には、未舗装だった道路の舗装、下水道の敷設、老朽化した住宅の建て替えと公営住宅の建設、集会所(隣保館)の設置といった、生活環境の劇的な整備(ハード事業)が行われた。
さらに、経済的な格差を是正するための産業振興や、安定した就労機会の確保、教育格差を埋めるための奨学金制度の創設など、ソフト面からも多角的な支援が行われた。これらの事業により、被差別部落と一般地域との間に存在していた物理的な生活環境の格差は大幅に縮小し、部落住民の生活水準は著しく向上することとなった。
時限法の延長と特別事業の終結
当初、1969年に制定された特別措置法は10年の期限付きであった。しかし、期間内に格差や差別が完全には解消されなかったことから、1979年に期限が3年間延長された。その後も、1982年には「地域改善対策特別措置法(地対法)」、1987年には「地域改善対策特定事業に係る国の財政上の特別措置に関する法律(地対財特法)」へと法律名や内容を一部変えながら引き継がれ、結果として2002年(平成14年)3月まで約33年間にわたり国の特別財政措置が継続された。
一連の特別事業はインフラ整備において絶大な成果を上げた一方で、事業の長期化に伴う行政への依存傾向や、事業対象地域と周辺の一般地域との間の不公平感(いわゆる逆差別感)、さらには一部での事業を巡る不正事件など、新たな社会的課題も生み出した。2002年の法失効をもって国の特別措置法による特別事業はすべて終結し、以後は一般施策へと移行するとともに、心理的差別の解消に向けた教育や啓発活動(2016年制定の「部落差別の解消の推進に関する法律」など)へと重点が移されている。