原人
【概説】
猿人の次に現れた、人類進化における第2段階に位置する古人類。直立二足歩行を完成させて脳容量を増大させ、火や言語、ハンド=アックス(握槌)などの進化した打製石器を使用した。アフリカからユーラシア大陸へと広く拡散した最初の人類でもある。
人類進化における原人の位置づけと拡散
人類の進化は、大きく猿人・原人・旧人・新人(ホモ・サピエンス)の4段階に区分される。原人は、約700万年前に誕生した猿人の次に現れた人類であり、学名では主にホモ・エレクトス(直立した人、の意)に分類される。原人の脳容積は約900〜1100ccに達し、猿人の約500ccから飛躍的に増大した。これにより高度な知的活動が可能となり、人類史上初めてアフリカ大陸を出て、ユーラシア大陸の各地へと分布を広げた。アジアで発見された代表的な原人として、インドネシアのジャワ原人や、中国の北京原人が広く知られている。
技術と文化の飛躍的進歩
原人の登場は、人類の文化史において画期的な出来事であった。最大の技術的革新は、火の継続的な使用である。火を熱源や光源、猛獣除けとして利用したことで、寒冷な気候条件にも適応し、居住域を大幅に拡大させることができた。また、食物を焼いて食べることで消化吸収が良くなり、脳のさらなる発達を促したと考えられている。
石器製作の技術も大きく進歩した。原人は、礫(こいし)を粗く打ち欠いたのみの原始的な礫石器から、全体を精巧に打ち欠いて刃を付けたハンド=アックス(握槌)などの両面加工石器を製作するようになった。さらに、集団で大型動物を狩猟する際には、火や石器とともに簡単な言語(分節言語)を用いてコミュニケーションを図り、社会的な協調行動をとっていたと推測されている。
日本列島における原人の存在をめぐる問題
日本史の枠組みにおいて、原人が日本列島に到達していたかどうかは、考古学上の重大なテーマである。1980年代から1990年代にかけては、日本国内で前期・中期旧石器時代(原人や旧人が活動した時代)の石器が次々と「発見」され、原人が日本列島に存在していたとする説が定説化しつつあった。
しかし、2000年に発覚した旧石器発掘捏造事件により、これらの「発見」は特定の研究者による捏造であったことが判明し、前期・中期旧石器時代の遺跡の大部分が学術的に否定されることとなった。現在、日本列島において確実とされる人類の痕跡は、約3万8000年前以降の後期旧石器時代(新人の段階)に留まっている。とはいえ、氷期には海面が低下して日本列島とアジア大陸が陸続き(あるいは近接)になる時期があったこと、そして中国大陸に北京原人が生息していたことを考慮すれば、原人が日本列島へ渡来していた可能性を完全に否定し切ることはできず、現在も慎重な発掘と検証が続けられている。