前田綱紀 (まえだつなのり)
【概説】
江戸時代前期から中期にかけて活躍した加賀藩(金沢藩)の第5代藩主。祖父である前田利常の後見を得て藩政の基礎を固め、積極的な農政改革や救済政策を行って「加賀の至治」と呼ばれる黄金期を築いた人物。学問を強く推奨し、優れた学者たちの招聘や、膨大な書籍・資料の収集を通じて文化の振興に極めて大きな足跡を残した。
藩政の安定と「改作法」の定着
前田綱紀は3代藩主・前田光高の長男として生まれたが、父の急逝によりわずか3歳で家督を相続した。幼少の綱紀を支えたのが、隠居していた祖父の前田利常である。利常の後見のもと、加賀藩では藩政改革の根幹となる改作法(かいさくほう)が実施された。これは、藩が農民から直接年貢を徴収する緊縮的な農政制度であり、綱紀の代にこの制度が完全に定着したことで、加賀藩102万石の強固な財政基盤が確立された。
綱紀が成長して親政を開始すると、寛文の飢饉などの未曾有の災害に対し、困窮した領民を救済するための避難所(非人小屋)の設置や、積極的な勧農政策、治水事業を展開した。その仁政と卓越した統治手腕は幕府や他藩からも高く評価され、当時の徳川将軍家からも一目置かれる存在となった。
学問の振興と「天下の書府」の形成
綱紀は、学問や文化を重んじる文治政治を推進したことでも知られる。彼は京都から朱子学者の木下順庵(きのしたじゅんあん)を招いて侍講(学問を講じる役職)とし、その門下である室鳩巣(むろきゅうそう)を登用して藩政の諮問にあたらせた。また、新井白石ら当時の超一流の学者とも深く交流し、学術研究の環境を整えた。
さらに綱紀は、古典や歴史書の保存に異常なまでの情熱を注いだ。日本や中国の貴重な古書・古文書を買い集めて書写させ、散逸を防ぐための整理事業を行った。この膨大なコレクションは、新井白石をして「天下の書府」と言わしめるほどの質と量を誇り、後の加賀藩前田家が創設する尊経閣文庫(そんけいかくぶんこ)の貴重な財産となった。また、全国の様々な工芸技術や材料の標本を分類・収集した「百工比照(ひゃっこうひしょう)」を編纂させるなど、技術の保護と産業の発展にも寄与した。