借家・店借

都市において家屋や店を持たず、地主や家持から借りて居住・営業した下層の町人を何と呼ぶか。
カテゴリ:
重要度
★★

【参考リンク】
借地借家法(Wikipedia)

借家・店借 (しゃくや・たながかり)

江戸時代

【概説】
江戸時代の都市において、自前の土地や家屋を持たず、家持(地主・家主)から家屋や店舗を借りて居住・営業した下層町人の総称。町政に参加する権利や「町人」としての特権を持たない不完全な身分であり、都市住民の大多数を占めた。

表店と裏長屋――都市の空間構造と社会階層

江戸時代の都市、特に「三都」(江戸・大坂・京都)における町地は、道路に面した表店(おもてだな)と、その背後の路地(法律的には「木戸内」などと呼ばれた)に配された裏店(うらだな、または裏長屋)に大別されていた。表通りに大きな店を構え、あるいは所有地を持つ者を「家持(地主)」と呼ぶのに対し、その背後の簡易な長屋などを借りて暮らす人々が借家・店借であった。

借家・店借の多くは、日雇いの人足、職人、あるいは小規模な物売り(振売など)を営む都市の下層民であり、その日暮らしに近い生活を送る者も少なくなかった。都市の人口爆発に伴い、18世紀以降の江戸などでは、全住民の約7〜8割がこの借家・店借の階層で占められるようになった。

「町人」としての権利の欠如

江戸時代の社会制度において、一人前の「町人」として認められるのは、町地を所有して納税義務(町役・国役などの公役負担)を負う家持のみであった。借家・店借はこれらの直接的な納税義務を負わなかったため、町政(町内の自治や運営)に参加する権利(町会所への出入りや町役人の選出権など)を一切持たなかった。

彼らは町法(町独自の法秩序)の適用を受けながらも、その決定権からは排除されており、法的な地位は極めて不安定であった。そのため、借家・店借は制度上、独立した身分というよりも、家主(大家)の庇護や管理下にある従属的な存在として位置づけられていた。

家主(大家・差配)による統制と治安維持

借家・店借の日常生活や身元を直接的に管理・統制したのが、地主に雇われて長屋を管理した家主(大家、または差配)である。家主は単に家賃を徴収するだけでなく、店借が店を借りる際の身元保証人となり、婚姻・出生・死亡・移転の際には役所への届出を行うなど、親代わりのような役割を果たした。

幕府や町奉行所などの支配権力は、この家主を通じて借家・店借たちに五人組を組織させ、相互監視と治安維持を行わせた。もし店借が犯罪を起こした場合、その家主や五人組も連座して処罰される仕組み(共同責任制)がとられており、都市下層社会を効率的に支配するための基盤として、この家主―店借の関係が利用された。

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最終更新:2026年6月17日 @ 23:49

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