伴大納言絵巻 (ばんだいなごんえまき)
【概説】
平安時代末期に制作された、貞観8年(866年)に起きた「応天門の変」の顛末を描いた絵巻物。宮廷絵師の常盤光長の筆と推定され、緊迫したストーリー展開と躍動感あふれる群衆描写が特徴である。院政期文化を代表する美術史上の傑作であり、現在は国宝に指定されている。
応天門の変を視覚化させたドラマチックな展開
『伴大納言絵巻』が題材としているのは、平安初期の貞観8年(866年)に発生した応天門の変である。この事件は、大納言・伴善男が応天門を放火し、その罪を政敵である左大臣・源信に着せようとしたものの、最終的に伴善男自身の犯行が露見して流罪となった政治事件である。この事件の結果、藤原良房が正式に摂政に就任し、藤原氏による他氏排斥と摂関政治への道が大きく開かれることとなった。
絵巻は全3巻から構成されており、当時の政治劇を約300年後の平安末期に見事に再現している。上巻では激しく炎上する応天門とそれをめぐる人々の大混乱を描き、中巻では舎人の子供同士の喧嘩から伴善男の陰謀が露見していくプロセスを、下巻では真相発覚による伴善男の逮捕と配流を描く。絵巻という限られた画面の中で、時間の経過とともに事件の真相が解き明かされていくストーリー構成は、きわめて映画的で高い完成度を誇る。
常盤光長の筆とされる卓越した群衆描写
本作の作者は、平安末期に後白河法皇の宮廷絵師として活躍した常盤光長(ときわのみつなが)とされている。光長は当時の画壇の第一人者であり、後白河法皇が企画した巨大プロジェクトである『年中行事絵巻』などの制作にも深く関わった絵師である。
『伴大納言絵巻』の最大の魅力は、画面に登場する膨大な数の「群衆」の生き生きとした描写にある。応天門の炎上を見つめる貴族、役人、庶民たちの表情は、驚き、恐れ、嘆き、あるいは野次馬的な好奇心など、一人ひとりの喜怒哀楽が細やかに描き分けられている。また、同一の画面の中に異なる時間枠の出来を描く異時同図法(いじどうずほう)などの技法が駆使され、見る者を物語の当事者であるかのように引き込む視覚効果を生み出している。
院政期文化における絵巻物の発展と歴史的意義
平安時代末期の院政期は、絵巻物の黄金期と称される。それまでの『源氏物語絵巻』に代表される静的な「作り絵」に対し、この時期には『伴大納言絵巻』や『信貴山縁起絵巻』、『鳥獣人物戯画』のように、軽妙な線描と豊かな動きを伴う「動絵」が急速に発達した。
特に当時の権力者であった後白河法皇は、熱狂的な絵巻のコレクターであり、多くの名作を制作させ、自身の宝蔵(蓮華王院宝蔵)に秘蔵した。『伴大納言絵巻』も法皇のコレクションの一部であったと考えられており、単なる娯楽としての美術品にとどまらず、過去の政治的事件への教訓や、当時の世相を映し出すメディアとしての役割も担っていた。この絵巻に描かれた人々の衣服や住居、風俗などは、平安時代の社会史・生活史を研究する上でも極めて一級の史料となっている。