五重塔(室生寺) (ごじゅうのとう(むろうじ)
【概説】
奈良県宇陀市の室生寺に立つ、平安時代初期に建立された五重塔。屋外に現存する五重塔としては日本最小であり、屋根に桧皮(ひわだ)葺を用いた、初期山岳寺院の優美な佇まいを今に伝える貴重な建築遺構である。
山岳修行の霊地と室生寺の創建
平安時代初期、日本の仏教は大きな転換期を迎えた。奈良時代までの都市型・国家鎮護の仏教から、最澄や空海に代表される山林修行や密教を重視する仏教へと移行していく。こうした中で注目されたのが、深山幽谷の地である大和国の室生(現在の奈良県宇陀市)であった。
室生寺は、奈良の興福寺の僧であった賢璟(けんきょう)が、山岳修行の拠点として開創したことに始まるとされる。その後、弟子の修円(しゅえん)らによって伽藍が整備された。室生寺は興福寺(法相宗)の系統を引きつつも、真言密教や天台宗の要素も取り入れた独特の信仰拠点を形成した。この五重塔は室生寺で最も古い建築物であり、平安京の薬師寺や東寺などの官寺とは異なる、地方の山林寺院ならではの独自の美意識の中で建立された。
日本最小の屋外五重塔とその建築的特質
室生寺の五重塔は、総高が約16.1メートル(相輪を含む)しかなく、屋外に立つ古代の五重塔としては日本最小である。その最大の建築的特徴は、屋根が一般的な瓦葺ではなく、桧皮葺(ひわだぶき)で葺かれている点にある。瓦葺に比べて軽やかで柔らかな印象を与える桧皮葺は、室生の鬱蒼とした杉木立の自然環境に見事に調和している。
また、この塔は「逓減率(ていげんりつ)」(下層から上層に向かって屋根の大きさが小さくなっていく割合)が小さいことも特徴である。初重(最下層)から五重(最上層)までのサイズ差が少ないため、全体として細身で、上方へとすっと伸びるような垂直性が強調され、軽妙で優美なシルエットを作り出している。各層のプロポーションの美しさは、当時の日本の木工技術と美的感覚の極致を示している。
女人高野としての信仰と現代への継承
室生寺は古くから、女人禁制であった高野山に対して、女性の参詣を許したことから「女人高野(にょにんこうや)」として親しまれてきた。この五重塔の持つ優美でたおやかな佇まいは、そうした「女人高野」としての室生寺の象徴として、多くの人々に愛され続けている。
しかし、この名建築も大きな危機に直面したことがある。1998年(平成10年)の台風7号により、境内の杉の大木が倒壊し、五重塔を直撃した。この事故によって東側の各重の屋根や軒が大きく大破したものの、中心を貫く心柱(しんばしら)が持ちこたえたことで、塔全体の倒壊は免れた。これは古代の木造建築がいかに優れた耐震・耐風構造を備えていたかを実証する事例となった。その後、全国から寄せられた支援金と伝統技術の結集により、2000年(平成12年)に完璧な姿で修復・復興を遂げ、今なおその美しい姿を山内に留めている。