アナルコ=サンディカリズム
1910年代〜1920年代
【概説】
無政府主義(アナキズム)と労働組合主義(サンディカリズム)が結びついた社会運動・思想。政党や議会を通じた政治改革を否定し、労働組合の直接行動(ゼネラル・ストライキ)によって国家や資本主義体制を打倒することを目指した。大正期の日本における労働運動・社会主義運動に強い影響を与えた。
直接行動論と大正期労働運動への波及
日本におけるアナルコ=サンディカリズムの源流は、明治末期に幸徳秋水が欧米の動向を紹介して唱えた直接行動論に求められる。幸徳らは議会を通じた社会主義の実現(普通選挙運動など)を否定し、労働者の直接行動による革命を主張した。大逆事件によって社会主義運動が「冬の時代」と呼ばれる弾圧期を迎えた後、大正期に入ると大杉栄らによってこの思想が本格的に導入・展開された。彼らは、労働者自身の自発的結社による自由連合を理想とし、国家権力からの完全な自律を訴えた。
アナ・ボル論争と運動の退潮
大正デモクラシーの進展期、労働組合の全国組織である友愛会(のちの日本労働総同盟)の内部などでも、アナルコ=サンディカリズムは若き活動家らを中心に強い支持を集めた。しかし、1917年のロシア革命の成功により、ソビエト型の共産主義(ボルシェヴィズム)が台頭すると、運動の主導権をめぐる対立が激化した。これがアナ・ボル論争と呼ばれる思想的・実践的論争である。中央集権的な前衛党による国家権力の奪取を重視するボルシェヴィキ派に対し、アナルコ=サンディカリズム派はあらゆる権力を否定して対立したが、組織力に勝るボルシェヴィキ派に次第に圧倒された。さらに1923年の関東大震災の混乱期、指導者である大杉栄が憲兵大尉の甘粕雅彦らによって殺害されたこと(甘粕事件)により、日本の主たる社会運動としての力は急速に失われていった。