岸信介内閣

石橋湛山内閣のあとに成立し、日米関係の対等化を目指して新安保条約の締結を強行したが、激しい反対運動の末に退陣した内閣は誰の内閣か?
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★★★

【参考リンク】
岸内閣(Wikipedia)

岸信介内閣 (きしのぶすけないかく)

1957年〜1960年

【概説】
1957年の石橋湛山首相の病気退陣に伴い成立し、1960年まで続いた自由民主党による本格的な保守政権。
「自主独立」を掲げて日米安全保障条約の改定に政治生命をかけ、未曾有の大衆運動である安保闘争を招きながらも新条約を成立させた内閣である。

成立の背景と基本姿勢

1957年(昭和32年)2月、病に倒れた石橋湛山首相の後を受け、外務大臣を務めていた岸信介が組閣し、岸信介内閣が成立した。岸は戦前の東條英機内閣で商工大臣を務め、戦後はA級戦犯容疑者として巣鴨拘置所に収監された経歴を持つ保守政治家であった。釈放後に政界へ復帰して日本民主党の結成を主導し、1955年の保守合同(自由民主党の結成)の立役者の一人となっていた。

岸内閣の最大の政治目標は、占領期に形成された体制からの脱却、すなわち「自主独立」の達成であった。岸は憲法改正や再軍備を視野に入れつつ、まずは不平等性の強かった日米安全保障条約の改定と、アジア諸国との関係修復を外交の二本柱に据えた。就任直後には日本の首相として初めて東南アジア諸国を歴訪し、賠償問題の解決を図るなど「アジア外交」を積極的に推進した。

「逆コース」的政策と社会保障の拡充

内政面において、岸内閣は保守色を強める政策を次々と打ち出した。教育現場においては、日本教職員組合(日教組)の弱体化を狙って教職員の勤務評定を実施し、さらに小中学校での「道徳」の時間を特設するなど、国家主義的・中央集権的な教育統制を進めた。また、1958年には警察官の権限を大幅に強化する警察官職務執行法(警職法)改正案を国会に提出したが、野党や労働組合、一般市民から「戦前の警察国家への回帰」との猛烈な反対運動が巻き起こり、廃案に追い込まれた。これらの動きは革新陣営から典型的な「逆コース」として激しく批判された。

一方で、強硬な政治姿勢の裏で、社会保障制度の整備が進められた側面も見逃せない。岸内閣は1959年に国民年金法、同年に最低賃金法を成立させており、日本における「国民皆年金」体制の基礎がこの時期に築かれたことは、内政上の重要な功績に位置づけられる。

日米安全保障条約の改定と安保闘争

岸内閣が政治生命を賭して臨んだのが、1951年にサンフランシスコ平和条約と同時に結ばれた旧日米安全保障条約の改定である。旧条約は、アメリカに日本国内の基地使用権を認める一方で、アメリカの日本防衛義務は明記されていない片務的な内容であった。岸はこの不平等を解消し、日米を対等なパートナーシップ(双務的関係)へと引き上げることで、日本の自主性を回復しようとしたのである。

1960年1月、岸首相は渡米してアイゼンハワー大統領と会談し、アメリカの日本防衛義務の明記や事前協議制の導入を盛り込んだ新日米安全保障条約に調印した。しかし、東西冷戦が激化する中、日本国内では「新条約は日本をアメリカの戦争に巻き込む危険性を高める」という危機感が急速に広まり、社会党や総評、全学連などを中心とする反安保運動がかつてない規模で展開された。

同年5月19日、岸内閣がアイゼンハワー大統領の訪日日程に合わせて衆議院で新条約の承認を強行採決すると、国民の怒りは爆発した。運動は単なる条約反対から「民主主義の擁護」「岸内閣打倒」を掲げる大規模な大衆運動(安保闘争)へと発展し、連日数十万人のデモ隊が国会議事堂を取り囲む事態となった。6月15日にはデモ隊と警察隊が衝突し、東京大学の女子学生である樺美智子が死亡する惨事へと至った。

退陣と歴史的意義

混乱の極みの中で、予定されていたアイゼンハワー大統領の訪日は延期を余儀なくされた。新安保条約は参議院での議決を経ないまま、衆議院通過から30日後の1960年6月19日に自然承認された。新条約の成立を見届けた岸首相は、社会的混乱の責任をとって退陣を表明し、7月19日に内閣は総辞職した。

岸信介内閣は、強権的な手法によって国民の激しい分断と対立を生み出した一方で、新安保条約の成立によってその後の日本の安全保障体制を確固たるものにした政権である。この強烈な政治闘争の反省から、後継の池田勇人内閣は「寛容と忍耐」を掲げ、政治的対立を避けて「所得倍増計画」に代表される経済成長路線へと舵を切ることになる。岸内閣の退陣は、日本の戦後史がイデオロギーの激突する時代から、経済発展を最優先する時代へと転換する決定的な分水嶺となったのである。

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最終更新:2026年6月17日 @ 23:49

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