神道指令

1945年12月、GHQが軍国主義の精神的支柱とされた国家神道を廃止し、政教分離を徹底させるために発した覚書(指令)を何というか?
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重要度
★★

【参考リンク】
神道指令(Wikipedia)

神道指令 (しんとうしれい)

1945年

【概説】
第二次世界大戦直後の1945年12月、連合国軍最高司令官総司令部(GHQ)が日本政府に対して発した、国家神道の廃止と政教分離を命じた指令。日本の軍国主義や超国家主義の精神的支柱とみなされた神道を国家の保護・管理から切り離し、信教の自由を確立することを目的とした。これにより、近代日本を支えた「国家と神社の一体化」体制は根本から解体されることとなった。

国家神道の廃止と軍国主義の排除

明治維新以降の日本において、神道(神社神道)は通常の「宗教」とは区別され、国家の祭祀(宗祀)として位置づけられていた。内務省などの国家機関が神社を直接管理し、国民には神社参拝が事実上義務づけられた。特に昭和期に入ると、国家神道は軍部や超国家主義者によって国民の戦意高揚や思想統制の手段として最大限に利用され、皇祖神を中心とする神話が学校教育の場で史実として教えられた。

1945年8月の敗戦後、日本占領にあたった連合国軍最高司令官総司令部(GHQ)は、日本の非軍事化・民主化を推し進める上で、軍国主義を背後で支えた精神的基盤の解体が不可欠であると判断した。同年12月15日、GHQは「信教の自由の保障並びに国家神道、神社神道に対する政府の保証、支援、保全、監督並びに弘布の廃止に関する件」、通称神道指令を日本政府に下した。これにより、国家による神社への財政的支援、公務員の公式参拝、学校教育における神道ドクトリン(教義)の排除などが厳格に命じられた。

政教分離の確立と戦後社会への影響

神道指令の最大の影響は、それまで極めて曖昧であった政教分離の原則信教の自由を日本社会に強制的に、かつ決定的に定着させた点にある。国家の特権と保護を奪われた神社は、公的な存在から一転して一民間の宗教団体として再出発せざるを得なくなった。翌1946年2月には民間宗教法人としての神社本庁が組織され、伊勢神宮をはじめとする全国の神社はその傘下に加わることで存続を図った。

この神道指令によって確立された思想は、のちに制定される日本国憲法第20条(信教の自由・政教分離の原則)や、公金を宗教組織へ支出することを禁じた第89条へと直接的に継承された。さらに、神道指令が発せられた半月後の1946年1月1日には、昭和天皇が自らの神格性を否定する「人間宣言」を発表した。国家神道の解体は、天皇を「現人神(あらひとがみ)」から「象徴」へと移行させる象徴天皇制の基礎を築く上でも、きわめて重要な前提となったのである。

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最終更新:2026年6月17日 @ 23:49

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