憲法研究会

鈴木安蔵ら民間の有志が結成し、国民主権や基本的人権の尊重を盛り込んだ独自の憲法草案(憲法草案要綱)を発表した団体は何か?
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重要度
★★

【参考リンク】
憲法研究会(Wikipedia)

憲法研究会 (けんぽうけんきゅうかい)

1945年結成

【概説】
太平洋戦争直後の1945年11月に、民間有志の知識人によって結成された憲法研究団体。民主的な「憲法草案要綱」を起草・発表し、後の日本国憲法の基本原則に決定的な影響を与えた。

結成の背景と民間知識人の結集

1945(昭和20)年8月の敗戦後、GHQ(連合国軍最高司令官総司令部)の主導による日本の民主化改革が急速に進められる中、大日本帝国憲法(明治憲法)の改正は焦眉の急となった。しかし、日本政府の対応は鈍く、依然として天皇主権を維持しようとする保守的な姿勢が目立っていた。こうした状況下で、官僚主導ではない民間主導の民主的な改憲案を提示すべく、いち早く動いたのが民間の知識人たちであった。

同年11月5日、統計学者・社会活動家である高野岩三郎や、憲法学者の鈴木安蔵らを中心に「憲法研究会」が結成された。メンバーには、社会主義者の森戸辰男や大内兵衛、哲学者の杉森孝次郎、ジャーナリストの岩淵辰雄など、戦前に関東大震災後の社会運動や自由主義運動に関わった個性豊かな進歩的知識人が集まり、精力的な議論が重ねられた。

先進的な「憲法草案要綱」の提示とその内容

憲法研究会は結成からわずか1ヶ月半ほど後の12月26日、早くも「憲法草案要綱」をまとめ、発表した。この草案は、当時の明治憲法秩序に固執する政府の動向から見れば、驚異的に先駆的かつ民主的な内容を含んでいた。

草案の第一の特徴は、主権の所在を「人民」に置いた主権在民の原則である。第二に、天皇の権能を政治から完全に切り離し、単に「国家の国家的儀礼を司る」だけの存在とする、事実上の象徴天皇制を提唱した点である。第三に、信教や思想・表現の自由といった自由権にとどまらず、男女同権、さらには生存権や労働権、国民の生活保障といった社会権的・民主的権利が網羅されていた。これらは、戦前の国家主義・軍国主義を根本から否定する画期的な提案であった。

GHQによる評価と日本国憲法への血脈

当時、幣原喜重郎内閣が設置した憲法改正問題調査委員会(松本烝治委員長)が作成していた「松本試案」は、明治憲法とほとんど変わらない保守的な内容であった。それと比較して、憲法研究会の「草案要綱」は際立って民主的であり、日本の戦後改革を急ぐGHQの民政局(特にラウエル中佐ら)の深い関心を引くこととなった。

GHQは、この草案要綱が「日本国民の側から自発的に生まれた、最も進歩的な民主主義憲法案」であると極めて高く評価した。翌1946年2月、GHQが日本政府に提示した「マッカーサー草案」の起草において、憲法研究会の草案は象徴天皇制や基本的人権の保障、国会の一院制案など、多くの箇所で事実上の青写真(モデル)として活用された。こうして、民間の自主的な研究から生まれた理念は、現在の日本国憲法へと直接的に受け継がれることとなった。

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最終更新:2026年6月17日 @ 23:49

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