ファシズム
【概説】
全体主義の一種で、反共産主義、排外主義、独裁政治を特徴とする政治運動や思想体制。日本では昭和初期の社会的・経済的危機を背景に台頭し、軍部や官僚が天皇の権威を利用して推進した「天皇制ファシズム」として国家総動員体制へと至った。
ファシズムの概念と世界史的背景
ファシズム(Fascism)とは、第一次世界大戦後のヨーロッパにおいて出現した、急進的なナショナリズムに基づく全体主義的な政治思想および運動である。元来は1922年に政権を獲得したイタリアのムッソリーニが率いたファシスト党の体制を指すが、広義にはドイツのナチズムや、同時代の日本の軍国主義体制を含めた権威主義的・独裁的な体制全般を指す概念として用いられる。反自由主義、反共産主義、排外主義を掲げ、暴力による政治的対立の弾圧や、個人の自由を否定して国家への絶対的な従属を強要する点に特徴がある。
日本における台頭の背景
日本においてファシズム的な動向が顕在化したのは、1930年代前半の昭和時代初期である。当時の日本は、第一次世界大戦後の慢性的な不況に加え、1929年の世界恐慌に端を発する昭和恐慌により、農村部を中心に深刻な経済的打撃を受けていた。同時に、労働運動や社会主義運動の高揚に対する危機感も支配層の間に広がっていた。このような状況下で、既成政党による政党内閣制は財閥との癒着や無策を批判され、国民の支持を急速に失っていった。これに乗じる形で、現状の打破と「国家改造」を叫ぶ右翼団体や急進的な青年将校らが台頭し、血盟団事件(1932年)や五・一五事件(1932年)、二・二六事件(1936年)といったテロリズムやクーデター事件を次々と引き起こした。
日本型ファシズム(天皇制ファシズム)の特徴
日本におけるファシズムは、イタリアやドイツのようにカリスマ的な独裁者や単一の大衆政党が「下からの大衆運動」によって権力を奪取したのとは異なる独自の発展を遂げた。政治学者の丸山眞男が「天皇制ファシズム」と定義したように、日本では既存の国家機構である軍部や官僚が、絶対的な権威である「天皇」を頂点に推し戴きながら、「上から」漸進的に独裁体制を構築していった点に最大の特徴がある。二・二六事件以降、軍部は政治への発言力を決定的に強め、反軍的な思想や自由主義は治安維持法などによって厳しく弾圧された。また、国体明徴運動などを通じて天皇中心の国家観(国体)が国民に徹底され、排外主義的・全体主義的なイデオロギーが形成されていった。
総動員体制の完成と崩壊
1937年(昭和12年)に日中戦争が勃発すると、日本社会のファシズム化は後戻りのできない段階へと突入した。翌1938年には国家総動員法が制定され、議会の承認なしに政府が人的・物的資源を統制できる強権が与えられた。さらに1940年には、近衛文麿を中心とする新体制運動のもとで全ての政党が自発的に解散し、大政翼賛会が結成され、国民を戦争遂行のために一元的に動員する体制が完成した。このようにして形成された日本のファシズム体制は、第二次世界大戦(太平洋戦争)という破局的な戦争へと国家を牽引し、1945年(昭和20年)の敗戦によってようやく解体されることとなった。