横光利一

川端康成とともに新感覚派の旗手として活躍し、斬新な文体で『日輪』や『機械』などの小説を著した作家は誰か?
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★★★

横光利一 (よこみつりいち)

1898〜1947

【概説】
大正末期から昭和初期にかけて活躍した、新感覚派を代表する小説家。鋭い比喩と斬新な文体で『日輪』や『機械』などを著し、川端康成とともに当時の文学界に革命を起こした。プロレタリア文学に対抗して小説の芸術性や形式の自律性を追求し、一時は「文学の神様」と称されるほどの絶対的な影響力を持った。

新感覚派の誕生と『文藝時代』の創刊

大正末期から昭和初期にかけての日本文学界において、川端康成らとともに「新感覚派」として登場した横光利一の存在は、きわめて画期的なものであった。1924(大正13)年、彼らは雑誌『文藝時代』を創刊する。当時の文学界は、自然主義の系譜を引く私小説的なリアリズムが根強く残る一方で、ロシア革命の影響を受けてマルクス主義のイデオロギーを掲げるプロレタリア文学が急速に台頭しつつあった。横光らは、こうした古いリアリズムや思想偏重の文学運動に対し、芸術の自律性と新しい表現形式の創造を強く主張して反旗を翻したのである。

ヨーロッパ前衛芸術の受容と文体革命

「新感覚派」という名称は、彼らが従来の客観的・説明的な描写を排し、主観的かつ直感的な「感覚」を通して世界を捉え直そうとしたことに由来する。この背景には、第一次世界大戦後のヨーロッパで勃興した未来派、表現派、ダダイズム、キュビスムといった前衛芸術運動(アヴァンギャルド)の日本への波及があった。横光は、これらのモダニズムの要素を日本の小説言語に積極的に取り入れ、擬人法や鋭利な比喩、スピード感あふれる斬新な文体を駆使した。この時期の代表作である『日輪』や『蠅』、そして「特別急行列車は満載の乗客を乗せ、全速力で馳けてゐた」の書き出しに象徴される『頭ならびに腹』などは、その文体革命の鮮やかな結実である。

プロレタリア文学との対峙と「文学の神様」

昭和初期に入ると、プロレタリア文学が文壇で圧倒的な勢力を誇るようになる。横光はこれに対抗する「芸術派」の筆頭として、文学におけるイデオロギーの優位を否定し、あくまで「純粋小説」の可能性を探求し続けた。1930(昭和5)年に発表された『機械』は、人間の複雑な心理メカニズムや認識の限界を実験的な手法で精緻に描き出し、日本の心理主義文学の最高峰と高く評価された。この作品によって横光は、プロレタリア文学に対する芸術派の優位を決定づけたとされ、やがて文壇において「文学の神様」と称されるほどの権威を持つに至った。

『旅愁』にみる東西文化の相克と晩年

昭和10年代に入ると、横光の関心は文体の実験から、西洋の近代主義と日本の伝統的精神との相克というより思想的なテーマへと向かった。1936年のヨーロッパ外遊を契機に執筆が開始された大作『旅愁』は、西洋の個人主義・合理主義と、東洋的な共同体意識・伝統との間で引き裂かれる知識人の苦悩を描いたものである。しかし、時代は日中戦争から太平洋戦争へと向かう激動の戦時下であり、横光自身も次第に国粋主義的な日本回帰の傾斜を深めていった。敗戦後の1947(昭和22)年、戦時中の言動に対する厳しい批判も受ける中で、『旅愁』を未完のまま残して病没した。彼の生涯は、大正教養主義から昭和モダニズム、そして戦時下のナショナリズムへと揺れ動いた、日本の近代精神史そのものを体現していると言える。

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最終更新:2026年6月17日 @ 23:49

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