大衆文学
【概説】
芸術性を重んじる純文学に対して、読者の娯楽性やストーリーの面白さを追求した文学の総称。
大正時代から昭和初期にかけて、都市部における新中間層の形成や大衆雑誌の普及を背景に大流行し、近代日本の出版文化に大きな変革をもたらした。
大衆文学誕生の背景と出版資本主義の発展
大正時代は、第一次世界大戦による好景気を経て資本主義が高度に発達し、都市部を中心とするサラリーマンや教員などの新中間層(大衆)が形成された時代であった。また、明治以降の義務教育の普及によって国民の識字率が飛躍的に向上したことで、活字を求める巨大な読者市場が誕生していた。この大衆社会の到来を背景に、大日本雄弁会講談社(現在の講談社)が1925(大正14)年に創刊した総合雑誌『キング』をはじめとする大衆向け娯楽雑誌が次々と発行された。さらに、1冊1円で文学全集を販売する円本(えんぽん)ブームに象徴される出版資本主義の確立が、大衆文学が爆発的に普及するための強力なメディア基盤となったのである。
「大衆文学」の確立と純文学からの分化
近代以降の日本文学は、個人の内面や高い芸術性を追求する自然主義や私小説、白樺派などのいわゆる「純文学」を中心に展開していた。しかし大正期に入ると、これら一部の知識人向けの難解な文学とは一線を画し、読者に純粋な娯楽とカタルシスを提供する作品群が台頭し始める。その先駆とされるのが、1913(大正2)年より都新聞で連載が開始された中里介山の長編時代小説『大菩薩峠』である。その後、大正末期には白井喬二らによって「二十一日会(後の大衆文芸懇話会)」が結成され、「大衆文芸(大衆文学)」という呼称が社会に定着した。これにより、日本の文壇は芸術性重視の純文学と、娯楽性重視の大衆文学という二大潮流へと明確に分化していくこととなった。
多様なジャンルの展開と代表的作家たち
大正から昭和初期にかけての大衆文学は、読者の多様なニーズに応えるべく幅広いジャンルを開拓した。なかでも圧倒的な人気を誇ったのが、講談や浪曲の伝統を受け継ぎつつ新しいヒロイズムを描いた時代小説(チャンバラ小説)である。大佛次郎の『鞍馬天狗』シリーズをはじめ、吉川英治の『鳴門秘帖』や『宮本武蔵』、直木三十五らの作品が国民的な熱狂を巻き起こした。また、近代的な都市空間の拡大と匿名性の高まりを背景に、江戸川乱歩による探偵小説や怪奇小説、さらには佐々木邦らによるユーモア小説など、現代社会を舞台にした新たなエンターテインメント小説も続々と誕生した。
歴史的意義と思想的影響
大衆文学の隆盛は、文学が一部のエリート層の教養から、広く大衆が消費する「大衆文化」へと転換したことを意味し、まさに「大正デモクラシー」期における社会の大衆化を象徴する現象であった。また、昭和初期には社会主義思想を背景としたプロレタリア文学が台頭するが、大衆文学の持つ圧倒的な読者動員力と影響力を前に、プロレタリア文学陣営の内部でも「芸術の大衆化」をめぐる激しい論争が巻き起こった。1935(昭和10)年には、純文学の新人賞である芥川賞と並んで、大衆文学を対象とする直木賞(直木三十五賞)が文藝春秋社によって創設された。これにより、大衆文学は単なる消費物にとどまらず、日本文学において確固たる地位と権威を獲得することとなったのである。