道程 (どうてい)
1914年
【概説】
大正3(1914)年に刊行された、彫刻家・詩人の高村光太郎による第1詩集。「僕の前に道はない 僕の後ろに道は出来る」という象徴的な一節に代表される、強烈な自我の覚醒と理想への決意をうたった近代日本文学を代表する傑作。
父との対立と「自己」の発見
著者である高村光太郎は、近代日本彫刻の大家である高村光雲の長男として生まれた。しかし、伝統的な木彫の世界を重んじる父の姿勢や当時の保守的な美術界に強く反発し、若き日の光太郎は激しい苦悩と模索を続けた。欧米留学から帰国後、彼は日本の閉鎖的な美術界で行き詰まり、デカダン(退廃的)な生活に陥るが、後に生涯の伴侶となる長沼智恵子との運命的な出会いを経て精神的な救済を得る。詩集『道程』は、このような深刻な父との葛藤、自己のアイデンティティの探求、そして愛の獲得を経て、一人の独立した芸術家として「自立」する過程で紡ぎ出された魂の記録である。
大正デモクラシーの潮流と近代詩における画期
『道程』が刊行された1914年は、大正デモクラシーの機運が高まりつつある時期であった。この時代、文学界では「白樺派」に代表される、個人の尊厳や自己肯定、人道主義を重視する思想的潮流が巻き起こっていた。光太郎の詩風は、それまでの近代詩を支配していた北原白秋や三木露風らの耽美主義・象徴主義的な傾向とは一線を画し、人間の生命力や意志を実直に表現するものであった。日常的な言葉を用いた口語自由詩の完成度を高めた『道程』は、日本の近代詩が「美の装飾」から「生の実感」を表現する道具へと移行する決定的な契機となった点で、日本文化史において極めて重要な意義を持っている。