麗子像 (れいこぞう)
1918年〜
【概説】
大正期を代表する洋画家・岸田劉生が、自身の愛娘である麗子をモデルにして描き続けた一連の肖像画。西洋の写実表現と東洋的な神秘性が融合した、日本近代美術史上に残る傑作群である。単なる写実にとどまらない、深い愛情とどこか不気味なデフォルメが同居する独特の世界観を特徴とする。
北方ルネサンスの写実から「内なる美」の探求へ
大正期は、雑誌『白樺』を中心として、個性の尊重や自己の内面世界の追求を重んじる文化(白樺派文化)が栄えた時代であった。洋画家・岸田劉生もその潮流の中に身を置き、初期の印象派風の画風から、デューラーなど15〜16世紀の北方ルネサンスの写実主義へと急速に傾倒していった。
劉生は、単に対象を美しく描くだけではなく、その対象の奥底にあるグロテスクなまでの生命力や「内なる美」を表現しようとした。その探求の過程で、1918年(大正7年)の『麗子五歳之像』を皮切りに、愛娘・麗子の成長を記録するように数多くの「麗子像」が描かれることとなった。
「麗子微笑」にみる東洋的美意識の融合
連作の中でも、1921年(大正10年)に描かれた『麗子微笑』(東京国立博物館蔵、重要文化財)は最高傑作として知られている。この時期の劉生は、西洋画の技術を突き詰めた末に、中国の宋元画や日本の初期肉筆浮世絵といった東洋の古典美術へと関心を移していた。
『麗子微笑』に見られる、不気味でありながら神秘的な微笑(アルカイック・スマイル)や、肩をすぼめた極端なデフォルメは、東洋的美意識と劉生独自の芸術観が融合した結果である。このように、大正期における西洋文化の受容とそこからの独自の脱却を示すモニュメントとしても、「麗子像」は極めて高い歴史的価値を持っている。