西田幾多郎

禅の思想と西洋哲学を融合させた独自の哲学体系(西田哲学)を打ち立て、著書『善の研究』などで近代日本思想に多大な影響を与えた人物は誰か?
カテゴリ:
重要度
★★

西田幾多郎 (にしだきたろう)

1870年〜1945年

【概説】
明治から昭和にかけて活躍し、日本独自の独創的な哲学を確立した哲学者。東洋の「禅」の思想と西洋哲学を融合させ、処女作『善の研究』において「西田哲学」と呼ばれる思索体系を打ち立てた京都帝国大学教授。

『善の研究』と「純粋経験」の思想

明治末期の1911年に刊行された西田の処女作『善の研究』は、日本の思想界に決定的な影響を与えた。西田は本書において、主観(認識する自分)と客観(認識される対象)が分かれる前の、意識の直接的な事実を「純粋経験」と呼び、これを哲学の出発点に据えた。これは、西洋近代哲学の主流であった主客二元論的な認識枠組みを克服しようとする画期的な試みであった。その背景には、西田自身が青年期から参禅を重ねて体得した東洋的な悟りの境地が深く関わっており、西洋哲学の論理を用いて東洋的「無」の思想を記述する、独自の「西田哲学」がここに誕生した。この主客合一の思想は、近代化の荒波の中で自己の存在に悩む大正期の知識人や青年層に広く受容され、大正教養主義の精神的支柱となった。

西田哲学の深化と「京都学派」の形成

『善の研究』の刊行後も、西田の思索はとどまることなく進化した。西洋哲学の諸潮流を絶えず批判的に摂取しながら、世界のあり方を静的な関係性の中で捉える「場所の論理」や、西洋思想の「有」の概念に対比される「絶対無」の哲学体系へと発展させていった。彼が教鞭を執った京都帝国大学には多くの優秀な学徒が集まり、西田の思想を継承・批判・発展させることで、近代日本を代表する一大哲学的潮流である「京都学派」が形成された。門下からは、国家や社会の論理を追究した田辺元、マルクス主義に接近した三木清、宗教哲学を掘り下げた西谷啓治など、昭和の日本思想界を牽引する多彩な人材が輩出された。西田の哲学は、単なる西洋哲学の模倣にとどまらず、東洋思想の伝統を普遍的な近代哲学の言語へと高めた点において、日本思想史上不滅の足跡を遺したといえる。

善の研究 (岩波文庫)

純粋経験という概念を軸に、実在と価値の根源を究明した日本哲学の金字塔となる一冊。

西田幾多郎 『善の研究』 2019年10月 (NHK100分de名著)

複雑な論理を紐解き、西田哲学の核心である「純粋経験」の世界へと読者を導く入門の書。

最終更新:2026年6月17日 @ 23:49

日本史一問一答(ランダム)

Q. 1935年、領土拡大を目指すイタリアのムッソリーニ政権が、国際連盟の制裁を無視して武力侵攻・併合したアフリカの国はどこか?
Q. 室町幕府の管領に就任できる、足利氏の一族である斯波(しば)・細川・畠山の3つの有力守護家を総称して何というか?
Q. 縄文時代の交易の広さを示す緑色の美しい石で、大珠(たいじゅ)などに加工され、主に新潟県の姫川流域で産出したものは何か?