貧乏物語
【概説】
大正期に京都帝国大学教授の河上肇が著した、社会の貧困問題に深く迫ったベストセラー書。資本主義の発達に伴う深刻な貧富の差を人道主義的な観点から問い直し、のちの社会運動やマルクス主義受容の先駆けとなった。
『貧乏物語』の執筆背景と大正デモクラシー
第一次世界大戦の勃発(1914年)に伴い、日本は「成金」が輩出するほどの空前の大戦景気に沸いた。しかし、その裏では急激な物価上昇に賃金が追いつかず、一般庶民や労働者階級の生活は困窮を極め、社会的な格差が急速に拡大していた。こうした資本主義の歪みに対して、学問・思想の自由を求める大正デモクラシーの潮流のなか、京都帝国大学教授であった経済学者の河上肇が1916(大正5)年9月から『大阪朝日新聞』に連載したのが本書である。翌1917年に単行本として刊行されると、大正期最大のベストセラーの一つとなり、社会に大きな反響を呼んだ。
人道主義的なアプローチとその限界
河上は本書において、「多数の国民が貧乏に喘いでいるのは実に驚くべき事実である」と率直な疑問を投げかけ、豊かな社会の中でなぜ貧困が存在するのかを解き明かそうとした。彼はその主因を、富裕層が奢侈(贅沢)に走り、社会の限られた生産力が生活必需品ではなく高級品の生産に費やされているためであると分析した。したがって、その解決策として、富裕層の道徳的覚醒による「奢侈の禁止」を訴えた。この時点での河上の思想は、キリスト教的・道徳的な人道主義(ヒューマニズム)の域を出ておらず、資本主義社会の構造的な搾取の仕組み(マルクス主義的な分析)にまでは至っていなかった。
思想史・社会運動に与えた多大な影響
本書は、それまでタブー視されがちだった「社会問題」や「労働問題」を広く一般に周知させ、若者たちの知的関心を社会変革へと向かわせる決定的な契機となった。本書を読んだ多くの学生や知識人が社会運動に身を投じ、大正後期の社会主義運動の隆盛へとつながっていった。また、河上自身も、本書に対して他の学者(福田徳三ら)から寄せられた経済学的な批判をきっかけに、自己の理論的限界を痛感。人道主義から脱却し、本格的なマルクス主義研究へと傾倒していくことになり、日本の学術界におけるマルクス主義経済学の定着に主導的な役割を果たすこととなった。