田口卯吉 (たぐちうきち)
【概説】
明治期を代表する自由主義経済学者、歴史家、実業家。官僚主導の保護干渉政策を批判して民間主導の経済発展を唱えるとともに、文明史観に基づき日本史を捉え直した『日本開化小史』を著した。後年には『国史大系』などの編纂を主導し、近代日本における歴史研究の史料的基盤を整えた人物である。
自由主義経済の唱導と『東京経済雑誌』の創刊
幕臣の子として生まれた田口卯吉は、沼津兵学校などで学んだのち大蔵省に出仕したが、政府が進める官営事業や保護干渉政策に疑問を抱いて下野した。アダム・スミスをはじめとするイギリス古典派経済学の洗礼を受けた田口は、国家の過度な介入を排し、個人の自由な経済活動こそが国富を増進させるという「自由放任(レッセ・フェール)」の立場を強く主張した。
1879(明治12)年、田口はイギリスの経済誌『ザ・エコノミスト』をモデルとした『東京経済雑誌』を創刊した。同誌は、政府の保護を受けて独占的利益を得ていた政商や保護貿易主義を鋭く批判し、民間活力による資本主義の育成を訴え続けた。また、田口自身も東京株式取引所の設立や南島(小笠原諸島など)の開拓・貿易事業に乗り出すなど、論じるだけでなく実業家としても積極的に活動した。
『日本開化小史』と文明史学の確立
経済学者としての活動と並び、歴史家としての田口の功績も極めて大きい。1877(明治10)年から1882年にかけて刊行された彼の代表作『日本開化小史』は、従来の王朝の交代や武臣の興亡を中心とした政治史(紀伝体・編年体)から脱却し、社会全体の経済・文化の発展を体系的に捉え直そうとした画期的な歴史書であった。
田口は、ギゾーやバックルといった西洋の文明史学を導入し、歴史とは人類の知恵が「開化(進歩)」していくプロセスであると定義した。そして、日本の歴史において皇室や武家、宗教勢力がどのように経済的・社会的な影響を及ぼし、民衆の生活がどのように向上してきたかを実証的に跡づけた。この啓蒙主義的な文明史観は、福沢諭吉の『文明論之概略』と並び、近代日本における「新史学」の先駆として、その後の歴史叙述に決定的な影響を与えた。
史料整理への貢献と『国史大系』の編纂
田口は後年、歴史研究を客観的かつ実証的に進めるためには、一次史料の整理と保存、そして学術界への公開が不可欠であると痛感するようになった。そこで、自身が率いる経済雑誌社を中心として、1897(明治30)年から基本史料の集大成である『国史大系』の刊行を開始した。さらに、江戸時代に塙保己一によって編纂された『群書類従』の続編などの編纂にも尽力した。
これらの史料集の体系的な刊行は、それまで一部の学者や旧家に死蔵されていた貴重な古典籍を広く一般に開放することを意味していた。田口が整備した史料的基盤は、東大史料編纂所による史料編纂事業と並び、今日の日本史研究における最も重要かつ基本的なインフラとして現在も活用され続けている。