京都国立博物館 (きょうとこくりつはくぶつかん)
【概説】
京都府京都市東山区にある、明治時代に設立された日本を代表する国立博物館。宮廷建築家である片山東熊の設計によって1895年に竣工し、1897年に「帝国京都博物館」として開館した。明治維新期における近代化や廃仏毀釈の嵐から、京都の歴史ある社寺の文化財を保護・保存することを目的に設立された文化施設である。
設立の背景:文明開化と文化財保護の模索
明治維新期の日本は、急速な西洋化を推し進める「文明開化」の風潮のなかにあった。その一方で、神仏分離令を契機とする廃仏毀釈運動が全国で吹き荒れ、伝統的な社寺が荒廃し、貴重な仏像や絵画などの文化財が破壊・売却されて海外へ流出する危機に直面した。
この文化的危機に対し、九鬼隆一や岡倉天心、フェノロサらは伝統美術の保護と系統的な調査の必要性を訴え、1888年から「臨時全国宝物調査」が開始された。この動きと並行して、1889年には宮内省の管轄のもとで東京(帝国博物館)、奈良、そして京都に博物館を設置することが決定された。特に千年の都として膨大な社寺宝物を有する京都への博物館設置は、国家的な文化財保護政策の要として強く望まれたものであった。
片山東熊による設計とフレンチ・ルネサンス様式
1895年に竣工した京都国立博物館の旧本館(現在の明治古都館)は、明治期を代表する宮廷建築家・片山東熊(かたやまとうくま)によって設計された。片山は工部大学校造家学科の第1期生であり、お雇い外国人ジョサイア・コンドルに師事した人物である。のちに東宮御所(現・迎賓館赤坂離宮)を手がけることとなる片山は、この博物館の設計において、壮麗な宮殿風のフランス・ルネサンス様式(フレンチ・ルネサンス様式)を採用した。
赤レンガ造りの平屋建てに大理石をあしらい、中央にドームを冠したシンメトリー(左右対称)の意匠は、西洋の古典主義建築の粋を集めたものである。伝統的な社寺が立ち並ぶ京都の景観のなかに誕生したこの近代建築は、当時の日本の技術的到達度を示すモニュメントであるとともに、1969年には国の重要文化財(建造物)に指定され、建築史的にも極めて高い価値を有している。
歴史的意義と「寄託制度」による文化財保護の役割
開館当初は宮内省所管の「帝国京都博物館」としてスタートし、1900年には「京都帝室博物館」と改称され、皇室の緊密な関与のもとで運営された。これは、日本の伝統文化を皇室の権威によって守り、国内外に誇示するという国家戦略の一環でもあった。第二次世界大戦後は国に移管され、現在の「京都国立博物館」へと改称されている。
同館の最大の特徴であり歴史的意義は、京都や近畿一円の社寺から宝物を預かって保管・展示する寄託(きたく)制度を確立した点にある。個々の社寺では防犯や防災の観点から管理が難しい貴重な文化財を、博物館が最先端の設備で一括して保護することで、数多くの国宝や重要文化財が散逸を免れ、現代へと受け継がれることとなった。