ワーグマン
【概説】
幕末から明治期にかけて日本で活動したイギリスの画家、報道記者、漫画家。日本初の諷刺漫画雑誌『ジャパン・パンチ』を創刊して近代漫画の祖となったほか、高橋由一らに西洋画の技法を指導して日本近代洋画の発展に決定的な影響を与えた人物である。
報道特派員としての来日と『ジャパン・パンチ』の創刊
チャールズ・ワーグマン(Charles Wirgman)は1861(文久元)年、イギリスの週刊画報紙『イラストレイテッド・ロンドン・ニュース』の特派員(画家兼記者)として来日した。来日直後に激動の幕末政局に巻き込まれ、尊王攘夷派の過激浪士によるイギリス公使館襲撃事件(東禅寺事件)に遭遇。床下に隠れて難を逃れつつ、その緊迫した現場の様子を臨場感あふれるスケッチに描き起こして本国へ送り、当時の日本のリアルな情勢をヨーロッパに紹介した。
1862(文久2)年には、横浜の外国人居留地で日本初の諷刺漫画雑誌『ジャパン・パンチ』を創刊。居留外国人の日常生活や、幕末から明治初期にかけての複雑な政治状況をユーモアと諷刺を交えて描き、居留民の間で大好評を博した。この雑誌は20年以上にわたって発刊され、後に日本で風刺漫画全般を指す言葉となった「ポンチ絵」の語源となったことでも知られている。
日本近代洋画の先駆者たちへの指導と美術史的意義
ワーグマンのもう一つの重要な功績は、黎明期の日本人画家たちに西洋の写実的な絵画技法を直接伝授したことである。特に、近代洋画の開拓者として知られる佐竹藩士の高橋由一に油彩画を指導し、遠近法や陰影法、油絵具の扱い方を伝えた。また、幼少期からその才能を認められていた五姓田義松らもワーグマンに師事している。
彼が伝えた西欧の技法は、それまでの伝統的な日本画や浮世絵にはなかった「空間のリアルな再現」を可能にし、明治以降の洋画壇形成の基礎となった。ワーグマンは日本を深く愛し、日本女性の小沢カネと結婚して横浜に定住。明治中期に同地で没し、現在は横浜外国人墓地に眠っている。彼の存在は、日本の美術・報道・漫画文化の近代化における架け橋として極めて重要な意義を持っている。