キヨソネ

お雇い外国人として来日し、紙幣や切手の原版彫刻の指導や、明治天皇・西郷隆盛らの精巧な肖像画を描いたイタリア人は誰か?
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重要度
★★

キヨソネ

1833年〜1898年

【概説】
明治政府に「お雇い外国人」として招聘されたイタリア出身の高名な版画家、画家。大蔵省紙幣局(のちの印刷局)において近代的印刷技術の指導を行い、日本初の国産紙幣や切手の原版を制作した。また、西郷隆盛や明治天皇などの精巧な肖像画を描き、近代日本における指導者層の視覚的イメージを確立した人物としても知られる。

日本の近代印刷・製版技術の確立

明治政府は、近代国家にふさわしい独自の貨幣・紙幣制度を整えるため、偽造を防ぐ高度な印刷技術の導入を急いでいた。当時、日本国内の印刷技術は未熟であり、初期の明治政府紙幣(明治通宝など)の製造はドイツに依存せざるを得ない状況にあった。この技術的自立を果たすため、大蔵省紙幣寮(のちの紙幣局)は1875(明治8)年、イタリアの優れた版画家であったエドアルド・キヨソネを招聘した。

キヨソネは来日後、凹版印刷技術やエッチングによる製版技術を日本人技術者へ熱心に伝授した。彼の指導のもと、1877(明治10)年には日本国内での紙幣製造が本格化し、1881(明治14)年には神功皇后の肖像をあしらった初の国産紙幣である「改造紙幣」が発行された。これは偽造防止のためにキヨソネ自身が原版を手がけたもので、日本の製版・印刷水準を世界レベルへと引き上げる決定的な契機となった。また、紙幣のみならず、切手や各種証券、官報などの印刷技術の基礎も彼によって築かれた。

歴史的イメージを創り出した肖像画

キヨソネの多大な功績は、印刷技術の伝授に留まらず、日本近代史上の重要人物たちの肖像画制作にも及んでいる。当時の写真技術や、対象者の政治的事情を補う形で、キヨソネの卓越した写実力とデッサン力が遺憾なく発揮された。

代表例として挙げられるのが、西郷隆盛の肖像画である。西郷は写真を嫌い、生涯にわたり自身の写真を一枚も残さなかったとされる。そのため、キヨソネは西郷の弟である西郷従道や、従弟の大山巌の顔立ちを参考にモンタージュの手法を用いて西郷の肖像画(コンテ画)を描き上げた。これが今日、私たちが教科書や上野恩賜公園の銅像などで目にする「西郷隆盛」の一般的な視覚的イメージの基盤となっている。

また、明治天皇の肖像画(御真影)もキヨソネの手によるものである。1888(明治21)年、写真を好まなかった明治天皇の姿を密かにスケッチしたキヨソネは、軍服姿の精悍な肖像画を完成させた。これを写真撮影したものが「御真影」として全国の学校や官公庁に配られ、近代天皇制における国家統合のシンボルとして機能することとなった。このように、キヨソネは単なる技術指導者を超え、近代日本国家の「顔」をヴィジュアル面から創り上げた稀有な存在であった。

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最終更新:2026年6月17日 @ 23:49

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