足利義政

後継者を弟から実子へ変更したことで応仁の乱の引き金を作ったが、晩年には東山に銀閣を建立した第8代将軍は誰か?
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★★★

足利義政 (あしかがよしまさ)

1436年〜1490年

【概説】
室町幕府の第8代将軍。自身の後嗣問題や管領家の家督争いが複雑に絡み合った結果、未曾有の大戦乱である応仁の乱を引き起こした。一方で政治への関心を失った晩年は文化事業に傾倒し、東山山荘(銀閣)の造営などを通じて東山文化という日本独自の美意識の基盤を築き上げた。

将軍就任と揺らぐ幕府権力

足利義政は、第6代将軍である足利義教の三男として生まれた。嘉吉の乱(1441年)で強権的だった父・義教が暗殺され、跡を継いだ兄の第7代将軍・足利義勝も早世したため、義政はわずか8歳で将軍家当主となり、1449年に元服して第8代将軍に就任した。

就任当初、義政は父・義教のような将軍専制政治の復興を目指し、意欲的に政務に取り組もうとした。しかし、有力な守護大名である細川勝元山名宗全(持豊)らが幕政の実権を握っており、将軍の権力基盤は極めて脆弱であった。義政は側近である伊勢貞親や禅僧の季瓊真蘂(きけいしんずい)らを重用して大名権力の抑制を図ったが、かえって守護大名たちの猛反発を招き、幕府内の対立構造を深める結果となった。

応仁の乱の勃発と戦国時代への転落

義政の治世を決定的に破綻させたのが、将軍家の後継者問題である。正室の日野富子との間に長らく男子に恵まれなかった義政は、浄土寺に入室していた実弟の義尋を還俗させ、足利義視(よしみ)として後継者に指名した。しかしその直後、富子に実子である足利義尚(よしひさ)が誕生すると、富子は我が子を次期将軍に据えようと画策し、山名宗全を頼った。一方、義視は細川勝元を後ろ盾としたため、将軍家は二つに割れることとなった。

さらに、この将軍家の対立に、畠山氏や斯波氏といった有力管領家の深刻な家督争いが結びついた。こうして1467年、細川勝元率いる東軍と山名宗全率いる西軍が京都で激突し、応仁の乱が勃発した。乱は11年にも及んで全国規模へと拡大し、京都の市街地は焦土と化した。この未曾有の戦乱により室町幕府の権威は完全に失墜し、日本は下克上の風潮が吹き荒れる戦国時代へと突入していくこととなる。

政治からの逃避と将軍職の譲渡

応仁の乱という未曾有の国難に直面しながらも、義政は次第に政治的解決への意欲を喪失していった。戦火が京の都を焼き尽くす中であっても、義政は酒宴や猿楽、連歌の会などを催し、側近とともに文化的な営みに没頭した。この姿勢は同時代の人々から無責任と非難され、政治家としての義政の評価を決定的に貶めている。

1473年、乱の最中に細川勝元と山名宗全が相次いで病死すると、義政はこれを機に子の義尚に将軍職を譲り、自らは大御所として隠居する道を選んだ。しかし、その後も富子や義尚との間で政治的な主導権を巡る対立が絶えず、義政は次第に幕政から完全に身を引いて、己の美意識を追求する隠遁生活へと傾斜していった。

東山文化の開花とパトロンとしての功績

政治家として失格の烙印を押された義政であるが、文化人および芸術の庇護者(パトロン)としての功績は極めて大きい。1482年から京都の東山に造営を開始した東山山荘(のちの慈照寺)は、その象徴である。山荘内に建てられた観音殿(銀閣)や、日本最古の四畳半茶室とされる東求堂同仁斎(とうぐどうどうじんさい)は、禅宗の影響を受けた書院造の原型となり、現代の和風建築の基礎となった。

また、義政は同朋衆(どうぼうしゅう)と呼ばれる芸術の専門家たち(能阿弥・芸阿弥・相阿弥ら)を重用し、中国大陸から渡来した唐物の鑑定や座敷飾りの様式を確立させた。さらに、村田珠光の侘茶(わびちゃ)、音阿弥らの能楽、宗祇の連歌などを庇護し、公家文化と武家文化、そして禅の精神が融合した東山文化を大成させた。義政が追求した「わび・さび」「幽玄」といった美意識は、政治的混乱の時代にありながら日本文化の深層に根を下ろし、現代に至るまで脈々と受け継がれている。

歴史的評価の二面性

足利義政は、日本史上最も評価の分かれる人物の一人である。政治家としては、優柔不断な態度で側近や妻、有力大名に翻弄され、室町幕府の崩壊と戦国時代の端緒を開いた「暗君」と言わざるを得ない。しかし、文化史的側面から見れば、彼が見出した枯淡の美や生活様式は、今日の「日本的なるもの」の源流を形作っており、類稀なる審美眼を持った「文化の父」として極めて高く評価されている。滅びゆく政治権力と引き換えに、不滅の文化遺産を後世に残したという点において、義政の存在は日本の中世史において特筆すべき意義を持っている。

足利義政と日野富子: 夫婦で担った室町将軍家 (日本史リブレット人 40)

応仁の乱の渦中にあった室町将軍夫婦の真実の姿と、その権力構造を多角的な視点から解き明かした歴史解説の書。

図説 室町幕府 増補改訂版

複雑な幕府の機構や変遷を豊富な図版と共に紐解き、室町時代の全体像を視覚的に理解するための決定版的一冊。

最終更新:2026年6月17日 @ 23:49

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