枕草子 (まくらのそうし)
【概説】
平安時代中期に清少納言によって執筆された日本最古の随筆。有名な「春はあけぼの」の書き出しで知られ、宮中での華やかな生活や自然、人事に対する鋭い観察を綴っている。紫式部の『源氏物語』と並び、平安時代の国風文化を代表する女流文学の最高峰として評価されている。
成立の背景と定子サロン
『枕草子』の成立を深く理解するためには、著者の清少納言が仕えた宮廷社会の政治的背景を知る必要がある。清少納言は、一条天皇の中宮であった藤原定子に女房として出仕した。定子の父は関白・藤原道隆であり、道隆の絶頂期において定子の周囲には、優れた教養を持つ貴族や女房たちが集い、非常に洗練された華やかな文化サロン(中関白家サロン)が形成されていた。清少納言は、自らの豊かな漢詩文の教養(漢才)を遺憾なく発揮し、定子の寵愛を受けて宮廷生活を謳歌した。
しかし、道隆が病死し、叔父の藤原道長が台頭すると、定子の兄弟である伊周や隆家は政争に敗れ(長徳の変)、中関白家は急速に没落していく。後ろ盾を失った定子は悲運のなかで若くして崩御するが、『枕草子』のなかにはそうした没落の悲哀や政治的な暗闇は一切描かれていない。清少納言は、在りし日の定子サロンの栄華と、彼女が愛した宮廷の「明るく美しい記憶」のみを意図的に結晶化させ、永遠のものとして書き留めたと考えられている。
三つの章段による構成
『枕草子』は、およそ三百の章段から構成されており、その内容は大きく三つの種類に分類される。
第一は「類聚段(ものづくし)」である。「虫は」「木の花は」「うつくしきもの」といった特定のテーマに基づいて、事物を列挙していく形式であり、清少納言の独特な価値観や美意識が最も端的に表れている。第二は「随想段」で、冒頭の「春はあけぼの」に代表されるような、自然の風景や四季の移ろい、人間関係に対する個人的な感想や論評を自由な筆致で綴ったものである。第三は「回想段(日記段)」であり、定子に仕えていた時期の宮廷行事や、貴公子たちとの当意即妙な和歌・漢詩の贈答など、華やかな宮廷生活の思い出が記録されている。
「をかし」の美意識と知性
本作の文学的・思想的基調をなすのが「をかし」という美意識である。「をかし」とは、対象を客観的かつ知的に観察し、そこに知的なおもしろさや明るい美しさ、風情を見出す感覚である。物事の核心を瞬時に捉え、歯切れの良い簡潔な文体で表現する清少納言の鋭い感覚は、同時代の宮廷文学のなかでも異彩を放っていた。
これは、後に一条天皇の中宮・彰子(道長の娘)に仕える紫式部が著した『源氏物語』の、主観的で情念的、かつしみじみとした哀愁を伴う「もののあはれ」の美意識とは対極をなすものである。この二つの美意識は、平安時代の国風文化を理解する上で不可欠な双璧となっている。
日本文化史・史料としての意義
『枕草子』は、仮名文字の普及と発展によって到達した日本文学のひとつの頂点であり、後の鴨長明『方丈記』や吉田兼好『徒然草』へと連なる日本の随筆文学の源流となった。また、単なる文学作品にとどまらず、平安時代中期の貴族社会の生活様式、儀式、年中行事、あるいは貴族たちの精神構造やジェンダー観を知るための第一級の歴史史料としても極めて重要である。
政治権力の中心が藤原道長へと移行し、歴史の表舞台から消え去ろうとしていた中関白家の文化的光芒を、ひとりの女房の卓越した記憶力と文才によって後世に伝え残したという点において、『枕草子』はたぐいまれな歴史的価値を有しているのである。