校倉造 (あぜくらづくり)
【概説】
断面が三角形の木材(校木)を水平に重ね、井桁状に組み上げて壁面とした建築様式。主に奈良時代の寺院において、重要な宝物や経典を収蔵する倉として用いられた。東大寺正倉院や唐招提寺経蔵などの遺構が今日に伝わっている。
独特の木組みからなる建築構造
校倉造は、断面が三角形や台形に加工された校木(あぜき)と呼ばれる太い木材を、水平に積み重ねて壁体を構成する建築様式である。四隅で校木を交差させて井桁(いげた)状に組み上げることで、堅牢な構造を作り出している。屋根の重みによって校木同士が密着するため、釘などを一切使用せずに壁面を構築できるのが大きな特徴である。
主に宝物や経典などを保管する用途で建てられたため、地表からの湿気を避ける目的で床を高く張る高床式となっているのが一般的である。この構造自体は、弥生時代以来の米などを保管する高床倉庫の系譜を引くものと考えられている。
宝物を守り抜いた保存メカニズムに関する近年の見解
校倉造といえば、「雨の日など湿度の高い時には木材が膨張して隙間を塞ぐことで湿気の侵入を防ぎ、乾燥した日には木材が収縮して隙間が開き、風通しを良くする」という自動的な調湿機能を持つと長らく説明されてきた。しかし、近年の建築史学や保存科学の研究により、この通説は否定されている。
実際の校倉造は、瓦屋根や上部の部材の強大な重量によって校木が常に下へと押し付けられており、天候によって隙間が開閉することは物理的にない。むしろ、極めて厚い木材そのものが持つ優れた調湿作用と、隙間のない重厚な密閉構造による外気の遮断こそが、内部の温湿度を一定に保ち、宝物をカビや害虫から守り抜いた最大の要因であると結論づけられている。
代表的な遺構と歴史的意義
校倉造の代表的な遺構として最も著名なのが、奈良時代に建立された東大寺正倉院宝庫である。正倉院は、聖武天皇の遺愛品をはじめとする数々の天平文化の至宝や、シルクロードを経てもたらされたペルシャ・唐の工芸品を、1200年以上にわたってほぼ完全な状態で現代に伝えてきた。このほか、鑑真が創建した唐招提寺にある経蔵および宝蔵も、奈良時代に遡る校倉造の貴重な遺構として国宝に指定されている。
校木を用いた壁体の構築は大量の木材を必要とする贅沢な建築様式であったため、民間ではなく、国家や大寺院の重要な財産を保管する官衙(かんが)や寺院の正倉に限定して用いられた。古代日本において、国家的な文化財や史料を後世に継承するための、極めて高度で重要なインフラであったといえる。