黴 (かび)
【概説】
明治末期の1911(明治44)年に発表された、徳田秋声の代表的な自然主義小説。作者自身の暗く鬱屈した結婚生活と、その身辺に起こる日常の些事を冷徹かつ客観的に描いた自伝的作品。虚飾を排した徹底的なリアリズムにより、日本の自然主義文学における一つの到達点とされる。
自然主義文学の展開と『黴』の登場
明治後期、ヨーロッパの科学思想やエミール・ゾラの実証主義の影響を受けて日本に導入された自然主義文学は、従来のロマン主義的な美化や理想化を否定し、人間の醜悪な現実や本能、環境による束縛をありのままに描写することを目指した。島崎藤村の『破戒』(1906年)や田山花袋の『蒲団』(1907年)の成功により、自然主義は日本の文壇の主流となった。こうした潮流の中で、徳田秋声が1911(明治44)年に『東京朝日新聞』に連載したのが『黴』である。秋声は本作によって、自然主義の大家としての地位を不動のものとした。
妥協と日常を描く冷徹なリアリズム
『黴』は、主人公の知識人・笹原(秋声自身がモデル)と、その内縁の妻・お市(実在の妻である小沢ゑいがモデル)との、暗く停滞した共同生活を描いている。そこには劇的な事件や情熱的な恋愛はなく、ただ妥協と惰性、そして貧しい日々の生計の苦しみが淡々と綴られる。秋声は、主観的な感情移入や道徳的な批評を極限まで排除し、家族の間に漂う「黴」のような暗く鬱屈した空気感を客観的に活写した。この冷徹なまでの客観描写こそが、秋声文学の真骨頂であった。
日本近代文学史における意義
本作は、田山花袋の『蒲団』に見られるような自己暴露的・感傷的な自然主義とは一線を画し、自己を冷ややかに突き放して観察する客観的な私小説(あるいは心境小説)の文体を確立した。その優れた描写力は当時の文壇で高く評価され、夏目漱石も本作を推薦している。また、日露戦争後の閉塞感が漂う社会(「明治の終焉」期)における知識人の知識と生活の乖離や、庶民の等身大の暮らしぶりをリアルに伝える文化史的史料としても価値が高い。