高山寺 (こうさんじ)
【概説】
京都府京都市右京区栂尾(とがのお)にある華厳宗の寺院。鎌倉時代初期に明恵(みょうえ)が後鳥羽上皇から寺領を賜って再興し、華厳教学の根本道場とした。鳥獣人物戯画をはじめとする多くの文化財を所蔵し、日本最古の茶園があることでも知られる。
明恵による中興と南都仏教の革新
高山寺の歴史は奈良時代あるいは平安時代にまで遡るが、歴史上極めて重要な意味を持つのは、1206年(承元元年)に僧・明恵(高弁)が後鳥羽上皇より栂尾の地を賜り、再興してからのことである。寺名は、華厳経の「日出先照高山(日、出でてまず高山を照らす)」という一節に基づき、上皇から下賜された「日出先照高山之寺」の勅額に由来する。
鎌倉時代初期の仏教界は、法然が提唱した専修念仏(浄土宗)が旧来の仏教秩序を揺るがすなど、激動のさなかにあった。明恵は法然の専修念仏を批判し、『摧邪輪(さいじゃりん)』を著して伝統的な戒律の復興と華厳教学の再組織化を志した。明恵が理想とした仏道修行の実践の場として、高山寺は旧仏教(南都仏教)側の自己改革・精神復興運動の象徴的な拠点となったのである。
豊潤な文化財と茶道源流としての歴史的意義
高山寺は、中世の美術や生活文化を今日に伝える貴重な宝庫でもある。その筆頭が、国宝に指定されている絵巻物『鳥獣人物戯画(鳥獣戯画)』である。ウサギやカエル、サルなどの動物を擬人化して描き、当時の社会や僧侶の姿を風刺的に表現したこの作品は、日本最古の漫画とも評され、中世絵画史上における屈指の名作とされている。他にも、明恵の夢の記録である『夢記(ゆめのき)』や、彼が愛玩したと伝わる「木彫の犬」など、明恵の人柄や信仰を伝えるユニークな文化財が数多く残されている。
さらに高山寺は、日本の茶文化の発展においても先駆的な役割を果たした。宋から帰国した臨済宗の開祖・栄西が、持ち帰った茶の種子を明恵に贈り、明恵がそれを栂尾の地(深瀬三本木)に植えて栽培を開始した。これが日本最古の茶園とされ、栂尾で採れた茶は「本茶(ほんちゃ)」、それ以外の地で採れた茶は「非茶(ひちゃ)」と呼ばれ、格別に重んじられた。ここから宇治へと茶の栽培が普及していくこととなり、高山寺は日本の喫茶習慣の黎明期を支えた極めて重要な史跡となっている。