風土
【概説】
哲学者・和辻哲郎の代表的な著作。人間の思想や文化、生活様式が、その土地の気候や地理的環境(風土)によってどのように制約され、形成されるかを鋭く考察した環境哲学の書。
「風土」による人間生活の3類型
和辻は本書において、世界各地の気候や地理的特性を「モンスーン」「砂漠」「牧場」の3つの基本型に分類し、それぞれの地域における人間の性格や文化の特質を論じた。
まず、アジアに代表される「モンスーン」型は、湿潤で自然の恵みが豊かである反面、台風や洪水といった猛威を伴うため、人間は自然に対して受容的・忍従的な性格を帯びるとした。中東などの「砂漠」型は、生と死が隣り合わせの極限の乾燥地帯であり、人間は自然に対抗して強固に団結し、そこから超越的な絶対神(一神教)への信仰が生まれたとされる。そして、ヨーロッパに代表される「牧場」型は、乾燥と湿潤の調和した温和な自然環境であり、自然は従順で規則的なものとして捉えられ、客観的・合理的な科学的思考が発達したと分析した。
西欧近代哲学への批判と昭和思想史における位置づけ
和辻が本書を構想した背景には、大正末期から昭和初期にかけてのドイツ留学経験がある。彼は当時台頭していたドイツの哲学者マルティン・ハイデガーの『存在と時間』に強い影響を受けつつも、ハイデガーが人間の存在を時間的な側面のみで捉え、空間的な広がり(環境や風土)を軽視していることに強い疑問を抱いた。和辻は、人間を単なる孤立した個人ではなく、空間的に他者と結びつく「間柄(人間:じんかん)」として捉え直し、その生存の場としての「風土性」を重視したのである。
さらに和辻は、日本をモンスーン型のなかでも季節の急激な変化を伴う「特殊型」に位置づけ、その突発的・二面性のある気候が日本人の「あきらめ」と「熱情」が同居する特有の感性を育んだと論じた。この独自の環境文化論は、西洋近代の個人主義や科学至上主義に対する東洋・日本からの知的反論の試みであり、大正デモクラシー期から昭和戦前期の知識人たちに広く受け入れられ、その後の「日本文化論」の先駆的な古典となった。