蘭学事始 (らんがくことはじめ)
【概説】
江戸時代後期の医師・蘭学者である杉田玄白が、晩年に著した回想録。日本初の本格的な西洋医学訳書『解体新書』の翻訳事業における苦心や、蘭学が勃興し発展していく過程を生き生きと描いた、日本学術史上きわめて重要な史料である。
『解体新書』翻訳における苦闘の記録
本書の最大の見どころは、1771年(明和8年)の千住小塚原での死体解剖(腑分け)の参観を契機として始まった、オランダ語医学書『ターヘル・アナトミア』の翻訳作業における壮絶な苦心の描写である。杉田玄白、前野良沢、中川淳庵らは、オランダ語の辞書すら十分にない「暗中模索」の状況から翻訳を開始した。
特に有名なのが、オランダ語の「verheffing(あるいはverwrikkenなど)」などの訳語をめぐるエピソードである。本文中の「鼻のうごめく(あるいは盛り上がる)ところをフルヘッヘンドと訳す」といった、単語ひとつを解明するために何日も議論を重ねた様子が、玄白独自のユーモアを交えた筆致で描かれている。こうした「一滴の油が広がるように」進展していった蘭学黎明期の熱気と情熱が、臨場感をもって記録されている点が特徴である。
蘭学の系譜と明治期における再発見の意義
本書は、単なる『解体新書』のメイキング・ストーリーにとどまらず、江戸幕府の第8代将軍・徳川吉宗による実学推奨の時代(青木昆陽や野呂元丈らの活躍)から、玄白の晩年に至るまでの約半世紀にわたる「蘭学の発達史」としても構成されている。日本の知識層が、いかにして西欧の近代科学技術や合理的思想を受容していったかをたどる上で、学術的価値が非常に高い。
また、本書は執筆当時の1815年(文化12年)に即座に刊行されたわけではなく、写本として一部の知識人の間で伝わるのみであった。これが明治維新後の1869年(明治2年)、福沢諭吉の目にとまり、彼の尽力によって木版印刷され広く公刊された。福沢は本書に感動し、日本の近代化(文明開化)の精神的なルーツが、江戸時代の先駆者たちの命がけの知的探求にあることを見出したのである。このように、『蘭学事始』は幕末から明治へとつながる近代日本の科学精神を象徴する著作として、今日でも高く評価されている。