縄文人
【概説】
縄文文化を担い、日本列島で狩猟・採集・漁労を基盤とする生活を営んだ人々。彫りの深い顔立ちなど、古モンゴロイドの形質的特徴を色濃く残している。のちの時代に大陸からやってきた渡来系の人々と混血を繰り返し、現代日本人の基層的な遺伝的ルーツとなった存在として極めて重要である。
縄文人の形質的特徴とルーツ
縄文人は、更新世(旧石器時代)に日本列島へ到達した人々の直系の子孫を中心とする集団である。人類学的には、東南アジア方面に起源を持つとされる古モンゴロイドに分類される。その形質的な特徴は、彫りの深い顔立ち、二重まぶた、厚い唇、豊かな体毛などである。身長は現代人と比べてやや低く、成人男性で平均157センチメートル程度であったが、狩猟採集生活に適応した筋骨隆々のがっしりとした体格をしていたことが発掘された人骨から判明している。沖縄県で発見された旧石器時代の港川人などとの連続性が指摘されており、日本列島の最古層を形成した人々と言える。
自然環境への適応と生活様式
約1万年前に氷河期が終わりを告げると、地球規模の温暖化による海面上昇(縄文海進)が起こり、日本列島は現在に近い温暖湿潤な気候と豊かな森林(東日本の落葉広葉樹林、西日本の照葉樹林)に覆われた。縄文人はこの環境変化に見事に適応した。すばしっこい中小動物(イノシシやシカ)を狩るために弓矢を発明し、骨角器や石錘を用いた漁労、そしてクリやクルミ、ドングリなどの堅果類の採集という三本柱で食糧を確保した。さらに、縄文土器の発明によって食物の煮炊きや保存が可能になり、食糧事情は劇的に安定した。これにより、世界史的にも稀有な「農耕を主体としない定住社会」を実現し、竪穴住居を構えて大規模な集落(三内丸山遺跡など)を形成するに至った。
精神文化と平等な社会構造
自然の恵みに依存して生きる縄文人は、自然界のあらゆる事象に霊威が存在すると信じるアニミズム(精霊崇拝)の精神世界を持っていた。女性の妊娠や出産を神秘視し、豊穣や安産を祈る呪術的な儀礼に用いられたのが土偶である。また、成人への通過儀礼としての抜歯や、死者の霊が災いをもたらすことを恐れて手足を折り曲げて埋葬する屈葬などの風習も広く見られた。共同での労働が不可欠であった縄文社会では、個人の富の蓄積が困難であったため、極端な貧富の差や権力者の存在を示すような階級分化は見られず、比較的平等な共同体が維持されていたと考えられている。
現代日本人との繋がりと「二重構造モデル」
縄文人は、現代日本人の成り立ちを解明する上で欠かせない存在である。1991年に人類学者の埴原和郎が提唱した「二重構造モデル」によれば、現代の日本人は、基層集団である縄文人(古モンゴロイド)と、弥生時代以降に大陸から稲作農耕文化をもたらした渡来人(新モンゴロイド)が混血することで形成されたとされる。渡来人の影響が強かった本州・四国・九州では混血が大きく進んだ一方で、地理的に遠い北海道のアイヌの人々や南西諸島の琉球の人々には、縄文人の遺伝的・形質的特徴が比較的色濃く残存している。近年のDNAゲノム解析の飛躍的な進歩によってもこの混血の歴史は概ね裏付けられており、縄文人の遺伝子は現代の私たちの中にも確かに受け継がれている。