神祇官(飛鳥時代)

重要度
★★

【参考リンク】
神祇官(Wikipedia)

神祇官 (じんぎかん)

701年

【概説】
律令制下において、朝廷の祭祀(神事)を管轄した最高官庁。政治の実務を担う太政官と並び、「二官八省」の「二官」の一つとして独立した地位を占めた。天皇の宗教的権威を背景に、神道と国家体制を一体化させた日本独自の祭政一致を象徴する制度である。

「二官八省」における神祇官の特異な地位

日本の律令制は、中国(唐)の高度な官僚制である三省六部制を模倣して構築されたが、その受容過程において最も日本的な変容を遂げたのが神祇官の設置である。唐の制度では、祭祀を司る部署(礼部や祠部)は尚書省の下部組織(六部の一つ)に過ぎなかった。しかし日本では、世俗の政務を司る太政官と並び、あるいは理念上それをも凌駕する最高独立官庁として神祇官が配置された。これを「神祇官」と「太政官」の二官制と呼ぶ。実際の政治力や官位相当の序列においては太政官が上位であったが、理念上は「神事が政事に優先する(神事先途)」とされ、神祇官は独自の高いステータスを保持していた。

神祇官の職掌と「神祇令」

神祇官の具体的な業務や組織、運営規則は、大宝律令や養老律令の「神祇令(じんぎりょう)」に定められていた。その主な職掌は、国家的な祭祀の企画・執行、全国の神社の管理、神部に代表される神職の統制などである。特に、毎年の五穀豊穣を祈る祈年祭(としごいのまつり)や、秋の収穫を感謝する新嘗祭(にいなめさい)、国家の穢れを祓う大祓(おおはらえ)などの恒例祭祀を主催した。さらに、天皇交代期に行われる「大嘗祭(だいじょうさい)」をはじめとする一代一度の重儀においても、神祇官は天皇の神聖性を担保する極めて重要な役割を果たした。官職の構成(四等官)としては、長官である神祇伯(じんぎはく)をはじめ、大副・少副(次官)、大祐・少祐(判官)、大史・少史(主典)などが置かれた。

成立の背景:天武・持統期と国家統合の論理

神祇官の成立は、飛鳥時代における天皇中心の中央集権国家形成のプロセスと密接に結びついている。壬申の乱(672年)に勝利した天武天皇と、その意志を継いだ持統天皇は、皇祖神である天照大神を頂点とする神話体系を整備し、皇位の正統性を宗教的に正当化しようとした。この宗教的・政治的意図を法制度として具現化したものが神祇官である。飛鳥浄御原令(689年施行)においてその原型が作られ、大宝律令(701年)の制定により「二官八省」として完成した。地方の有力豪族が祀る固有の神々を中央の神祇官のコントロール下に置く(後の式内社の源流となる)ことで、信仰の面からも地方の統制と国家の統合が進められたのである。

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Q. 律令国家が五位以上の貴族に対して与えた特権の一つで、彼らの身辺の警護や雑用をさせるために支給された従者(労働力)を何というか?
Q. 三国時代に華北を支配し、邪馬台国の卑弥呼が使いを送って「親魏倭王」の称号をもらった国は何か?
A.
Q. 太政官の下に置かれ、兵部省・刑部省・大蔵省・宮内省の4つの省に命令を伝達し、業務を統括した部署は何か?