猿人
【概説】
人類の進化における最初の段階に位置づけられる初期人類。約700万年前にアフリカ大陸で誕生し、人類最大の特徴である直立二足歩行を始めるとともに、簡単な打製石器を使用するようになった。代表的な化石人類にアウストラロピテクスなどが存在する。
人類の誕生と「直立二足歩行」の意義
地球上に人類の祖先が誕生したのは、今から約700万年前のアフリカ大陸であると考えられている。この人類進化の最初期に属する集団を猿人と呼ぶ。猿人とそれ以前の類人猿(チンパンジーなどの祖先)を分かつ決定的な特徴は、直立二足歩行を開始したことである。
直立して二本の足で歩くことにより、人類は前足(手)を歩行から完全に解放した。これにより、食物の運搬や道具の製作・使用が容易になり、指先を通じた手への刺激が脳の容量を徐々に拡大させていく要因となった。また、重い頭部を脊髄の真上で支えることができるようになったことも、後の人類の脳の巨大化に繋がる重要な身体的変化であった。
代表的な猿人とその進化
現在のところ、最古の猿人とされているのが、約700万年前の地層から中央アフリカのチャドで発見されたサヘラントロプス・チャデンシスである。次いで、約440万年前の地層からエチオピアで発見されたアルディピテクス・ラミダスなどが知られている。
最も著名な猿人は、約400万年前から約130万年前にかけてアフリカ東部から南部にかけて生息していたアウストラロピテクス(「南の猿」の意)である。彼らの脳容積は500cc未満と現代人の三分の一程度であり、類人猿と大差なかったが、骨盤や大腿骨の構造から確実に直立二足歩行をしていたことが証明されている。なお、猿人の化石はすべてアフリカ大陸でのみ発見されており、彼らがアフリカを出て他の大陸へ拡散することはなかったと考えられている。
石器の使用と文化の萌芽
猿人は、自然の木の枝や動物の骨をそのまま利用するだけでなく、石を打ち欠いて作った打製石器を使用し始めた。アウストラロピテクスに近い種(あるいは初期のホモ属)は、河原の石を打ち砕いて鋭い刃を持たせた簡素な礫石器(れきせっき)を製作していたことが分かっている。
道具を自ら製作して使用するという行為は、自然環境に単に適応するだけでなく、環境に働きかけて生を営む「文化」の萌芽を示すものであり、人類史において極めて重大な飛躍であった。彼らはこれらの石器を用いて、動物の肉を解体したり、骨を割って栄養価の高い骨髄をすすったりして動物性タンパク質を摂取し、サバンナでの厳しい生存競争を生き抜いたと考えられている。
日本史における位置づけ
日本史の学習において、旧石器時代の冒頭で必ず人類の進化(猿人・原人・旧人・新人)の過程が扱われる。しかし、日本列島においては猿人段階の化石や遺跡は一切発見されていない。前述の通り、猿人はアフリカ大陸を出ることはなく、日本列島を含むユーラシア大陸東端に人類が到達するのは、後の原人、あるいは新人(ホモ・サピエンス)の段階を待たねばならない。
それでも日本史の序章で猿人が言及されるのは、日本列島の歴史が世界史的な人類進化の壮大なプロセスの延長線上に位置していることを理解するためである。猿人が獲得した直立二足歩行と道具の製作という人類の根源的な特徴は、数百万年の時を経て日本列島に到達し、独自の石器文化を築いた旧石器時代の人々の生活基盤へと直結しているのである。