春色梅児誉美 (しゅんしょくうめよみ)
【概説】
江戸時代後期の天保期に刊行された、戯作者・為永春水の代表的な人情本。没落した大店の美男子・丹次郎をめぐる、許嫁のお長や芸者の仇吉ら女性たちの複雑な恋愛心理をリアルに描き、当時の江戸庶民、特に女性層の間で熱狂的な大ブームを巻き起こした文学作品である。
「春水風」人情本の確立と庶民の熱狂
人情本は、江戸時代後期の文化・文政期から天保期にかけて流行した、主に町人の恋愛模様を情感豊かに描いた中編小説のジャンルである。それまでの洒落本が遊里(遊郭)という特殊な空間における男女の駆け引きを「通(つう)」の視点から描いていたのに対し、人情本はより一般的な町社会や、当事者たちの内面にあるリアルな「情愛(本音や葛藤)」に焦点を当てた。
為永春水(1790〜1844)が著した『春色梅児誉美』は、その人情本の最高傑作とされる。物語は、芸者や許嫁といった対照的な魅力を持つ複数の女性たちが、甲斐性はないが心優しい美男子・丹次郎をめぐって嫉妬や純愛を繰り広げるという、極めて世俗的かつドラマチックな展開を見せる。春水は、登場人物のセリフに当時の江戸言葉(会話体)をそのまま用いる手法を徹底し、さらに挿絵を効果的に挿入することで、まるで演劇を見ているかのような臨場感を作り出した。これが「春水風(しゅんすいふう)」と呼ばれる独特のスタイルとなり、文字の読める江戸の女性や若者の間で圧倒的な支持を得ることとなった。
天保の改革による弾圧と文学史的意義
『春色梅児誉美』の爆発的なヒットは、幕政改革の波に飲み込まれることとなる。1841年(天保12年)、老中・水野忠邦が主導する天保の改革が開始されると、幕府は奢侈(ぜいたく)の禁止や風紀の引き締めを厳格に行った。その標的となったのが、庶民の娯楽であった浮世絵や戯作である。本作に代表される人情本は「婦女子を惑わし、社会の風俗を乱すもの」として厳しく取り締まられた。
1842(天保13)年、為永春水は「手鎖(てぐさり)50日」の処罰を受け、著作の版木も没収・廃棄処分とされた。春水はこの精神的打撃などが重なり、数年後に病死している。しかし、この弾圧は幕府の統制力が弱まる中で、庶民文化の持つエネルギーが体制を揺るがすほどに巨大化していたことを示している。同時に、人間の感情をありのままに描こうとした『春色梅児誉美』の写実的なアプローチは、明治期における坪内逍遥の『小説神髄』をはじめとする近代文学(写実主義小説)の形成に対しても、間接的に影響を与えることとなった。