新詩社

与謝野鉄幹が主宰して結成し、雑誌『明星』を発行して浪漫主義の短歌運動を強力に推し進めた結社は何か?
カテゴリ:
重要度
★★

【参考リンク】
石川啄木(Wikipedia)

新詩社 (しんししゃ)

1899年〜1910年

【概説】
1899年(明治32年)に与謝野鉄幹が創設した、明治時代を代表する短歌・文学結社。機関誌『明星』を発行し、伝統の枠にとらわれない情熱的かつ耽美的なロマン主義短歌を牽引した。

『明星』の創刊と近代ロマン主義の興隆

日清戦争後の明治30年代、日本社会では近代的な自我の確立や、個人の自由な感情・官能を重んじるロマン主義の機運が高まっていた。こうした文学潮流の中、1899年(明治32年)11月に与謝野鉄幹が中心となって「新詩社」が結成された。翌1900年には機関誌『明星』を創刊。それまでの御歌所派に代表される、形式主義的で旧態依然とした和歌の伝統を厳しく批判し、個人の主観や情熱を大胆に肯定する新しい歌風(明星派)を確立した。

『みだれ髪』と若き才能の結集

新詩社には、鉄幹の主宰する革新的な運動に共鳴した多くの若い才能が集まった。なかでも、後に鉄幹の妻となる与謝野晶子(当時は鳳晶子)が1901年に発表した第一歌集『みだれ髪』は、女性の官能や恋愛をみずみずしく歌い上げ、当時の青年男女に衝撃的な感動を与えた。さらに、北原白秋石川啄木吉井勇高村光太郎、木下剃太郎といった、のちの近代詩壇・歌壇を牽引するそうそうたる顔ぶれが新詩社から輩出された。彼らの自由で装飾的な美の世界は、近代日本における芸術の自立を促す大きな原動力となった。

日露戦争と文学界の変容、そして終焉

日露戦争(1904〜05年)の勃発に際し、与謝野晶子が『明星』誌上で発表した詩「君死にたまふことなかれ」は、非戦の思いを赤裸々に表現した近代抒情詩の傑作として大きな議論を呼んだ。しかし、戦後の社会不安が強まるにつれ、文学界の主流は美的な理想を追い求めるロマン主義から、現実の暗部をありのままに描く自然主義へと移行していく。これに伴い、『明星』の華美な耽美主義的傾向は次第に衰退。深刻な財政難や内部の分裂も重なり、1908年に『明星』は100号をもって廃刊となり、1910年には新詩社も解散となった。しかし、彼らが培った個性尊重の精神は、大正期における口語自由律短歌や自由詩、さらには女性解放運動へとも連なる重要な過渡期を形成した。

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最終更新:2026年6月17日 @ 23:49

日本史一問一答(ランダム)

Q. 1937年に労農派の系統を引く合法左翼政党として結成されたが、同年末の人民戦線事件により、幹部の一斉検挙と結社禁止処分に追い込まれた政党は何か?
Q. 大正時代以降、都市化や産業の発展に伴って増加した、サラリーマンなどの事務職や教員を中心とする都市の新しい階級を何というか?
Q. 幕府や藩に運上・冥加を納める代わりに、営業の独占権を公認された商工業者の同業組合を何と呼ぶか。