天平の面影 (てんぴょうのおもかげ)
【概説】
明治後期の洋画家・藤島武二によって1902(明治35)年に制作された油彩画。正倉院宝物などにインスピレーションを得て、古代天平時代の衣装に身を包んだ女性たちを豊かな色彩とロマンティシズム溢れる筆致で描いた、近代日本洋画史を代表する名作である。
明治浪漫主義の興隆と藤島武二
明治30年代の日本の美術・文学界は、日清戦争の勝利を経たナショナリズムの昂揚と、個の解放を求める近代的な意識の芽生えを背景に、浪漫主義(ロマン主義)の全盛期を迎えていた。文学においては与謝野鉄幹・晶子らが主宰した雑誌『明星』がその中心となり、美術においては黒田清輝らが結成した白馬会がその受け皿となった。この時代を代表する画家である藤島武二は、『明星』の表紙絵や挿絵を手がけ、装飾的で叙情豊かな作風により浪漫主義の視覚化をリードした。
1902年の第7回白馬会展に出品された「天平の面影」は、藤島が渡欧留学(1905年〜)を経験する前の、青年期におけるロマン主義的作風の最高到達点として位置づけられる。実写的な正確さよりも、画家の内面的な憧憬や詩的な情緒を表現することに重きが置かれた本作は、当時の美術界に新鮮な衝撃を与えた。
ナショナル・アイデンティティと古典への回顧
本作の大きな特徴は、奈良時代の天平文化に対する回顧趣味が明確に現れている点にある。画面に描かれた女性たちは、正倉院に伝わる「樹下美人図」を思わせる唐風の衣裳や髪形をまとっており、手には古代の弦楽器である阮咸(げんかん)を携えている。背景には紫色の桐の花が装飾的に配置され、画面全体に東洋的かつ古典的な静謐さを与えている。
明治期におけるこの「天平回顧」の動きは、単なる懐古趣味にとどまらない。当時、岡倉天心らによる日本美術の再評価が進む中で、知識人や芸術家たちは「日本固有の美とは何か」という問いに直面していた。藤島は、油彩画という西洋の技法を用いながらも、東洋・日本の古典的モティーフを融合させることで、西洋の模倣に終わらない「日本の油彩画」を創出することに成功したのである。本作は日本の近代洋画が独自のアイデンティティを獲得していく記念碑的な作品であり、現在は国の重要文化財に指定されている。