大化の改新

重要度
★★★

大化の改新

645年〜

【概説】
645年(大化元年)の乙巳の変を契機として開始された、公地公民制などの導入を目指した政治体制の抜本的な改革。中大兄皇子や中臣鎌足らが中心となり、蘇我氏の専制を打倒して天皇中心の中央集権国家の建設を推し進めた。緊迫する東アジア情勢を背景に、唐の制度に倣った国家体制の近代化を図った古代日本における最大の歴史的転換点である。

乙巳の変と新政権の樹立

大化の改新の第一歩は、645年に決行された乙巳の変(いっしのへん)という宮廷クーデターであった。当時、朝廷内では大臣(おおおみ)であった蘇我蝦夷・入鹿の父子が強大な権力を握り、天皇をも凌ぐ専制的な政治を行っていた。これに対し、王政復古と天皇中心の国家建設を目指した中大兄皇子(後の天智天皇)と中臣鎌足(後の藤原鎌足)らは、飛鳥板蓋宮において蘇我入鹿を暗殺し、翌日に蝦夷を自害に追い込んで蘇我氏本宗家を滅亡させた。

クーデターの成功後、皇極天皇は退位し、軽皇子が孝徳天皇として即位した。新政権は中大兄皇子が皇太子として実権を握り、左大臣に阿倍内麻呂、右大臣に蘇我倉山田石川麻呂、内臣に中臣鎌足が任命された。また、遣隋使・遣唐使として大陸に渡っていた高向玄理が国博士(くにのはかせ)という政治顧問に起用され、唐の律令制度をモデルとした国政改革の体制が整えられた。この時、日本で初めてとなる元号「大化」が定められ、都も飛鳥から難波長柄豊碕宮(なにわながらとよさきのみや)へと遷された。

緊迫する東アジア情勢と改革の背景

この時期に急進的な国家改造が求められた最大の理由は、当時の東アジアにおける緊迫した国際情勢である。中国大陸では、強大な統一帝国であるが勢力を拡大し、644年には朝鮮半島の高句麗への大規模な遠征を開始していた。この唐の軍事的脅威は、百済や新羅といった朝鮮半島の諸国のみならず、海を隔てた日本(倭国)にとっても国家の存亡に関わる重大な危機であった。

旧来のヤマト政権は、大王(天皇)を頂点としつつも、各地の豪族がそれぞれの私有地(田荘)や私有民(部曲)を支配する緩やかな豪族連合体制であった。しかし、唐や新羅の脅威に対抗し独立を維持するためには、国家の全土と人民を直接支配し、軍事力と経済力を一元的に動員できる強力な中央集権国家を早急に構築する必要があった。大化の改新は、単なる国内の権力闘争の結果ではなく、東アジアの国際的な激動に呼応した国防体制の強化という切実な目的を持っていたのである。

「改新の詔」と公地公民制の導入

646年(大化2年)正月、新政権の基本方針として示されたのが「改新の詔(かいしんのみことのり)」である。『日本書紀』によれば、この詔は以下の4か条の主文から成る。

第一条では、豪族が土地と人民を私有する制度を廃止し、すべてを天皇(国家)の所有とする公地公民制が宣言された。これは旧来の社会体制を根底から覆す最も重要な改革であった。第二条では、中央と地方の行政区画である国・郡(当時は「評」)・里の制度を整備し、交通・通信網である駅馬・伝馬の制度や関所を設けることが定められた。第三条では、戸籍と計帳を作成し、それに基づいて農民に土地を割り当てる班田収授法の実施が規定された。そして第四条では、旧来の税制を改め、統一的な新たな租税制度(租・庸・調の源流)を導入することが明記された。

これらの一連の政策は、国家が人民を個別に把握し、土地を与えて課税と兵役の義務を負わせるという律令国家の根幹をなす仕組みの青写真であった。

歴史的意義と最新の研究動向

大化の改新は、日本が古代的な豪族連合国家から、唐をモデルとした法治国家(律令国家)へと飛躍する決定的な契機となった。この改革によって蒔かれた種は、その後の白村江の戦い(663年)の敗北によるさらなる国家危機の克服や、壬申の乱(672年)を経た天武・持統朝における権力強化を経て、701年の大宝律令の制定によって最終的な結実を見ることになる。

ただし、近年の歴史学研究においては、『日本書紀』に記された「改新の詔」の内容が、646年当時のものをそのまま伝えているわけではないことが明らかになっている。例えば、藤原宮跡などから出土した木簡の調査により、当時は「郡」ではなく「評(こおり)」という字が使われていたことが判明した。これにより、『日本書紀』の記述は、後の大宝律令編纂時に過去の歴史を正当化するため、後世の制度の用語を用いて潤色(修正)されたものであることが定説となっている。

したがって現在では、大化の改新を「645年の一瞬にして成し遂げられた劇的な変化」と捉えるのではなく、「乙巳の変を起点とし、半世紀以上の歳月をかけて漸進的・段階的に進められた律令国家形成への持続的なプロセス」として理解するのが歴史学界における共通認識となっている。

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