入唐求法巡礼行記 (にっとうぐほうじゅんれいこうき)
838年〜847年
【概説】
平安時代の天台宗の僧である円仁が、唐への留学および巡礼の旅を記録した日記。約9年間にわたる克明な記述により、唐代末期の社会状況や仏教の実態を現代に伝える極めて学術的価値の高い史料である。
苦難に満ちた求法の旅路と円仁の執念
著者である円仁(慈覚大師)は、最澄の直弟子として天台密教の教理を究めるため、838年に最後の遣唐使(承和の遣唐使)の請益僧(短期留学生)として唐に渡った。しかし、当初の予定期間では十分な学問を修めることができず、円仁は国禁を犯して唐に残留する道を選ぶ。五台山での修行を経て、唐の都である長安に至るまでの約9年間、彼は各地を巡礼しながら詳細な日記を書き綴り続けた。この執念の記録が『入唐求法巡礼行記』であり、遣唐使の実態や、当時の日唐間の交通・通信の状況をリアルに物語る一級のドキュメンタリーとなっている。
唐末期の社会を伝える一級の歴史史料
本書の歴史的価値は、単なる仏教徒の巡礼記録にとどまらず、9世紀半ばの唐の政治・経済・社会の実情を客観的に描写している点にある。特に、唐の武宗によって行われた大規模な仏教弾圧である会昌の廃仏(845年)のプロセスが、被害者でもある外国僧の視点から生々しく記録されている。さらに、唐国内の移動制度である「過所(通行許可証)」の発行手続きや、在唐新羅人の互助組織の活動など、他の公的史料には残りにくい当時の地方社会の生きた情報が網羅されている。このため、玄奘の『大唐西域記』、マルコ・ポーロの『東方見聞録』と並び、「東洋三大旅行記」の一つとして世界史的にも高く評価されている。