事前協議制
【概説】
1960年の日米相互協力及び安全保障条約(新安保条約)の改定に伴い、交換公文によって導入された安全保障上の制度。在日米軍の配置や装備の重要な変更、および日本からの戦闘作戦行動の際、日米両政府が事前に協議を行う手続きを指す。
新安保条約の改定と制度導入の背景
1951年に署名された旧日米安全保障条約は、アメリカ側に日本国内での米軍基地使用権を一方的に認めるなど、極めて不平等な内容であった。これに対して日本国内では、アメリカの戦争に日本が巻き込まれるのではないかという「巻き込まれ」への懸念や、主権侵害に対する批判が高まっていった。
1960年、岸信介内閣のもとで行われた条約改定(新安保条約の締結)に際し、日本政府はこれらの世論に対処し、日本の主権を明確に示す必要に迫られた。その結果、日米両国の「対等なパートナーシップ」を演出するための安全保障上の歯止め措置として、条約の交換公文において事前協議制が導入されることとなった。
事前協議の対象とその仕組み
事前協議の対象として合意されたのは、主に以下の3点である。
- 配置における重要な変更:在日米軍の大規模な兵力移動や、特定の基地の重要な改編。
- 装備における重要な変更:日本国内への核兵器や中・長距離ミサイルの持ち込み、およびそれらの配備。
- 日本からの戦闘作戦行動:日本防衛以外の目的(極東有事など)のために、在日米軍基地から直接開始される戦闘作戦行動。
これらの事態が生じる場合、アメリカ政府は日本政府に対して事前に協議を申し入れ、日本政府はこれに対して諾否(同意または不同意)を決定する権限を持つとされた。日本政府は、もしアメリカから核持ち込みの事前協議の申し入れがあった場合は、拒否権を発動して「NO」と答える方針を国民に説明していた。
「密約」の存在と制度の形骸化
事前協議制は、一見すると日本の主権を守るための実効的なシステムに見えたが、実際には一度も適用されたことがない。その背景には、新安保条約調印の裏で日米両政府が交わしていた「核持ち込み密約」が存在した。
この密約により、核兵器を搭載した米軍の艦船や航空機が日本を単に通過したり、港湾に一時的に寄港・着陸したりする行為は、事前協議の対象外(事前協議を必要としない)とされていた。これにより、佐藤栄作内閣が掲げた非核三原則(持たず、作らず、持ち込ませず)のうち、「持ち込ませず」の原則は事実上骨抜きとなり、事前協議制は運用の実態を伴わない形骸化した制度となった。この密約の存在は、2000年代以降の外務省の内部調査などで公式に確認され、日米安保体制における「虚構」の象徴として議論されることとなった。