不如帰 (ほととぎす)
1898〜1899年
【概説】
明治中期の小説家・徳冨蘆花が発表し、近代日本において空前の大ベストセラーとなった家庭小説。結核を患った主人公・浪子が、家名の存続を重視する姑によって、夫の出征中に強制的に離縁される悲劇を描く。当時の「家制度」が内包する矛盾や、近代特有の病である結核への偏見を浮き彫りにし、社会的に大きな反響を呼んだ。
実在のモデルと大衆メディアの興隆
『不如帰』は、1898(明治31)年から翌年にかけて、著者である徳冨蘆花の兄・徳冨蘇峰が主宰する『国民新聞』に連載された。本作には実在のモデルが存在し、元老・大山巌の娘である信子が結核に罹患したことを理由に、夫である三島弥太郎(のちの日本銀行総裁)の家から強制的に離縁され、病死した悲劇的な実話がベースとなっている。1900(明治33)年に単行本として刊行されると、増刷を重ねる大ベストセラーとなり、新派演劇としての舞台化や後年の映画化など、多様なメディアへ展開され、近代日本における大衆文化の先駆的な事例となった。
明治民法「家制度」の矛盾と結核への偏見
本作が当時の読者に熱狂的に受け入れられた背景には、1898(明治31)年に施行された明治民法における「家制度」への批評性がある。家名の存続や家長の権限が個人の幸福に優先する当時の家族観において、女性がいかに無力で従属的な立場に置かれていたかが、主人公・浪子の運命を通じて告発された。浪子が死の間際に残した「もう、もう、女なんぞに、生まれはしませんよ」という台詞は、家制度の犠牲となった女性たちの悲痛な叫びとして広く同情を集めた。また、当時は死に至る不治の病、かつ「家を滅ぼす遺伝病」として強い社会的偏見に晒されていた結核(肺結核)の現実をリアルに描き出した点でも、歴史的・社会的な意義が大きい。